第21話 クリオ・ガーゴイル
クリオ・ガーゴイルへと迫るその途中、必死な様子で逃げる彼と擦れ違う。
穏やかな降雪の中に見えた顔は、案の定というべきかあの男だった。
「――お前ら」
あちらもこちらに気付いたようだけど、俺も二人も返事はしない。
ただ一瞥して、すぐにクリオ・ガーゴイルへと意識を移す。
俺たちが戦っている間にどこへなりとも逃げるといい。
居られても邪魔なだけだ。
「仕掛けるぞ! しくじるなよ!」
「はい!」
二人に合図を出して、それぞれが受け持つクリオ・ガーゴイルの元へ。
近づけさせまいと振るわれたのは、本体と同じ素材で作られた氷の
舞い落ちる雪を蹴散らして迫るそれを、異空間から抜刀した虎鶫の一薙ぎで切断する。
宙を舞う錫杖の先、獲物を失ったこの瞬間は絶好の隙となる、はずだった。
だが、切断した先が雪原に落ちるその前に、残った柄に吸い込まれるように雪が集い、新たな錫杖が精製される。
武器の破壊は無意味だと見せつけられた。
「同じ素材で出来てるってことは」
再び振るわれた錫杖の一撃を躱して懐に踏み込み、
直前に身を逸らされ、切り離せたのは左肩より先のみに留まる。
それでも通常の生物なら致命傷になる大怪我だが、ことクリオ・ガーゴイルにおいては別。
「当然、そうなるよな」
患部に当たる断面より舞い落ちる雪が吸い込まれ、瞬く間に左腕が再構築された。
『場所が悪すぎる』
『雪が降ってる間は無敵だろ』
『どうやって倒すんだよ』
『天井を焼け』
『屋根を作るとか?』
「もっといい方法がある」
再生した左腕が振るわれ、その場から飛び退いて躱す。
前方で雪が舞い上がる中、手元に異空間を開く。
取り出すのは片手で握り締められるだけの改造素材。
ファイア・ドレイクの龍鱗だ。
「クラフト」
斬龍の大剣角から作成した虎鶫に、ファイア・ドレイクの龍輪を組み込む。
峯に生え揃った龍鱗が刃を紅く染め上げ、刀身に灼熱を灯す。
放たれる熱気は大気を焦がし、舞い散る雪は跡形もなく蒸発する。
一度振るえば火炎を引いて、足下の白が焼けた土の色へと回帰を果たす。
「炎鱗・虎鶫」
これでもう降る雪はクリオ・ガーゴイルまで届かない。
「二人が心配だ。手早く終わらせよう」
再構築を封じられ、それでもクリオ・ガーゴイルは果敢に錫杖を振るう。
先が焼き斬られれば槍として突き、それすらも断たれれば、拳の内に握り込んで殴りつけてくる。
炎の刃と氷の拳が交差し、冷気と熱気がぶつかり合う。
勝敗は誰の目から見ても明らかだ。
クリオ・ガーゴイルの腕が半ばから落ちる。直ぐにもう片方の拳が振り上げられたが、それよりも速く薙ぎの一閃が胴体を断つ。
焼けた地面に倒れ伏した氷像は、もう二度と修復されることはない。
「討伐完了。二人のほうは」
視線を雲雀と伊那の元へとやったその時点で、どうやら勝敗は決しているようだった。
「イルミネイト!」
爆ぜた稲妻が轟音を伴い、降雪の一つ一つを貫いて蒸発させる。
けれど、それだけではまだ不十分。
補うように伊那の隣で雲雀が魔法を唱える。
「アトモスフィア!」
直後、弾かれたようにして残りすべての雪が飛ぶ。
雲雀の魔法の属性は風。
指定した座標に空気の層を作り、降る雪のことごとくを拒絶した。
これでクリオ・ガーゴイルはもう二人の前で再構築することはできない。
「決めるわよ、伊那!」
「オッケー! 雲雀ちゃん!」
吹き荒ぶ風が四肢を切り裂いて奪い去り、轟く雷が胴体の内側で幾度となく反響する。
砕け散るクリオ・ガーゴイル
足元の雪はすでに二人の魔法によって土が露出していた。
「やったやった! 倒したよ、雲雀ちゃん!」
「えぇ! 私たちだけでも、ちゃんと!」
残骸と化したクリオ・ガーゴイルの傍らで喜びを分かち合う二人。新人冒険者にとってはかなりの強敵だったはず。
クリオ・ガーゴイルの片割れを出来るだけ早く倒し、加勢に入るつもりだったけど必要なかった。
本当に過保護は良くない。
と、再確認していると二人以外の人の気配がした。振り返ると、そこにはあの男がいる。まだ逃げていなかったらしい。
「倒したのか……クリオ・ガーゴイルを」
「見ての通りだよ」
「なんで……なんで助けた」
「配信中だったから」
『身も蓋もないじゃん』
『正直でよろしい』
『まぁ、それが大きいよな』
『見捨てたら炎上待ったなし』
『下手なこと出来ないよな』
「それに」
視線を二人に送る。
「私たちは貴方のことが嫌いです」
隣で伊那もうんうんと頷いた。
「でも、冒険者として見捨てることは出来ませんでした。それだけです」
「……冒険者としてか」
雲雀の返答を聞いて、男は薄く笑う。
それはどこか自戒を含んでいるような、自嘲のようなものだった。
彼は一人だ。他の一人もその場にいない。それはつまり、この男は仲間を見捨てて一人で逃げたということではないのか?
そんな憶測が脳裏を過ぎったけれど、言及はしなかった。
証拠がない。
例え誰かが殺人を犯しても被害者の死体は魔物の腹に仕舞われる。犯罪が発覚しない。ダンジョンとはそういう場所だ。
配信はそういった犯罪の抑止にもなったりするんだけど、彼らは撮影ドローンを連れていなかった。
真相は闇の中で、彼だけが真実を知っている。
「……悪かったな、色々と」
呟くように言って、彼は一人去っていく。
『なんかあったの?』
『知り合い?』
『なんか有ったとしたらなんだ?』
『トラブル?』
「まぁまぁ。それより、これ何だと思う?」
話を逸らすために足元を指差す。
『クリオ・ガーゴイルの残骸』
「そうだけど、違うんだな」
『違う?』
「クリオ・ガーゴイルの体は氷晶石で出来てるんだ。つまり?」
『氷室が作れる!』
「その通り!」
クリオ・ガーゴイルの残骸を持って帰還しよう。大きな氷室を小屋のどこに作ろうかな。
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