第26話 バブル・ケルピー
「あれ? 雲雀ちゃん雲雀ちゃん、これ見て!」
「どうかしたの? 足元……これって」
二人が何かを見つけたようで、視線が足元の海面に向かっている。ひょっとしたら探しものを見つけたのかも知れない。
『なんか見つけた?』
『ヒトデ?』
『腐ったイカ』
『クラゲでしょ』
『シンプルにゴミかも』
撮影ドローンを伴って近づいた。
「何を見つけたんだ?」
「見てくださいよ、これ!
「色取り取りでシーガラスみたい」
「よく見つけたな。その通り時化貝だよ」
足元には十数匹の時化貝が円を描いて並んでいる。波に揉まれて研磨されたシーガラスのように淡い色合いの貝殻が特徴的な貝だ。
「問題、時化貝の生態は? はい、伊那」
「えぇ!? いきなりですかぁ!? えーっと、えーっとぉ……たしか獲物をこの円の中に閉じ込めるんですよね?」
「うーん、説明不足。五十点」
『かなり採点甘いじゃん』
『今ので五十点は大甘』
『テストなら0点です』
「わーん! リスナーさんがいじめる!」
伊那はもっと知識を付けてもらわないとな。
「次、雲雀」
「時化貝の特徴は集団で行う狩り。円の上に獲物が通過するのをじっと待ち、特殊な水流を発生させて捕らえ続け、衰弱死させます」
「その通り。百二十点」
「やった」
「二倍しても足りないよー」
雲雀はよく勉強している。
二人共良いところと悪いところが丁度良く噛み合っている印象だ。それだけじゃないだろうけど、だから仲もいいんだろう。
「ここまで言えば聡明なるリスナー諸君にも意図が伝わっただろ」
『はーん、なるほどね?』
『完璧に理解したわ?』
『つまり、あれだろ? あれ』
前言撤回、なんにもわかってない。
『時化貝の水流を洗濯機に使うのか』
「それ!」
時化貝が発生させる水流は常に一定ではなく、絶え間なく変化し続ける。
この生態を組み込めば、このダンジョンでも洗濯機が作れるはずだ。
『でも、洗剤はどうすんの?』
『濯ぎ洗いだけじゃな』
『手洗いと大差なさそう』
「それについては宛がある。ここでしばらく派手に遊んだし、もしかしたら来るかもな」
『来る?』
それは突然に現れた。
ふわりと浮かび、空中を漂い、儚くも弾ける透明な玉。
『シャボン玉?』
気づけば大量のシャボン玉が浮かんでいる。
それらは全て海面から湧き出ては波によって押し出されているように見える。
「これは間違いないな」
「見たいですねー」
「バブル・ケルピー」
雲雀がその名を口にして直ぐ、バブル・ケルピーが俺たちの前になり姿を現す。
蹄で海面を捉え、水底から這い上がるのは一体の馬。
水草のようにうねる鬣を振るい、大量の泡を飛ばしている。その毛先は輪っかを結び、滲み出る体液を玉にして放っていた。
「気を付けろ。泡に触れると溶けるぞ」
『服だけを溶かすシャボン玉!?』
「服だけじゃない、肉も溶ける!」
『そんな危ないもんを洗剤にすんの?』
「希釈するんだよ。それで洗剤になる」
そのままでは服がドロドロに溶けてしまうし、時化貝も全滅してしまう。
が、ある程度の水で希釈してやれば、汚れだけを落としてくれる天然由来の洗剤になる。
頑固なシミも一網打尽だ。
「泡の対処は頼んだぞ、雲雀」
「はい!」
ドロドロに溶かした肉を啜ろうと、バブル・ケルピーは大量の泡を水鉄砲のように放つ。
けれど、泡は泡だ。触れれば溶けてしまう凶悪な成分を含んでいても、軽く儚いシャボン玉に変わりはない。
「アトモスフィア!」
吹き荒ぶ一陣の風が迫りくる泡の群れを押し返す。こちらに雲雀がいる限り、泡の脅威はこちらにまで届かない。
「今度は私の出番!」
海というフィールドは、伊那の独壇場だ。
「イルミネイト!」
身に纏う稲妻は刹那に海面を駆け抜け、波を貫いてバブル・ケルピーの元へ。
馬の脚力を持ってしても、その雷撃からは逃れられない。蹄が海面を蹴る暇さえも与えることなく、稲妻が襲い掛かる。
雷鳴と悲鳴が轟き、感電したバブル・ケルピーは海面に伏す。
砂浜に押し寄せる波に運ばれ、打ち上げられたその馬体に生命は既に存在しなかった。
「やったー! 倒した倒したぁ!」
「ふぅ……上手くできてよかった」
『大変良くできました』
『二人共強いな』
『ホントに新人か?』
『ハジメちゃん出番なかったね』
「いいことだ。楽できるしな」
バブル・ケルピーとの相性、フィールド条件。この二つが雲雀と伊那に合致した結果の快勝だ。
だからあえて出しゃばらずに二人に任せたわけだけど。不測の事態に備えて用意したアレを使わずに済んでなによりだ。
この勝利が二人の自信に繋がって、生存率を引き上げてくれると嬉しいんだけど。
ま、俺が側にいる限り、死なせるつもりはないけど。
「これで必要なものは手に入った。帰って洗濯機を作るぞ!」
「はい!」
不衛生な汚れた戦闘服とはおさらばだ。
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