第27話 洗剤と洗濯機

 樹海エリアの拠点へ無事に帰還を果たした俺たちは、直ぐにバブル・ケルピーの解体に取り掛かった。

 まず腹を開いて露出した内臓を慎重に取り出す。この時、無理をして胃や腸を傷付けると内容物が漏れ出して肉が臭くなってしまう。

 あれは本当に食えたものじゃない。

 無事に内臓を取り除き終えると、次は水分を多く含んだ生皮を剥ぐ。

 鹿くらいのサイズなら木から吊るしたほうが剥ぎやすいけど、これが馬並みだとそうも行かない。

 しようがないので寝かせたまま続行。

 後ろ足の蹄周りからナイフを入れ、このまま頭の先まで服を脱がせるように進めていく。


「終わった。三人でやると流石に早いな」

「後は解体だけですね。また冷蔵庫がぱんぱんになっちゃう!」

「嬉しい悲鳴ね」


 解体作業は慣れると簡単だ。

 切り取ると言うより、骨から肉を取り外すと言ったほうが正しい。筋膜に沿ってナイフを入れれば案外、簡単に骨から分離できる。

 あばらの肉は骨ごと断つ。

 全ての部位を取り終えると、後に残るのは骨盤と背骨、頚椎くらい。

 内臓を取り出しただけでも体重の三分の一ほど軽くなったけど、こうなると随分とスリムになる。


「解体おーわり! お腹空いちゃったー」

「そろそろ夕食の時間ですね、どうしましょうか?」

「今日は疲れたし、ケルピーの肉を使って簡単に作ろうか。たしか……あったあった」


 異空間を開いて取り出すのは、ゴーレムたちが採ってきていた、数種類の香りのいい野草。

 まずケルピーの肉に下味を付け、寝かせている間に香草を細かく刻んでおく。

 それが済んだら寝かせて置いた肉全体に満遍なく振りかけ、刷り込むようにして準備完了。

 後はじっくり焼くだけだ。


『美味そう』

『結局こういうシンプルなのが一番美味い』

『馬肉食いてー』

「火を見てて。焼けるまでに洗濯機を作っておくから」

「はーい!」

「焦がさないように気をつけます」


 網の上の香草焼きを二人に任せて洗濯機作りに取り掛かる。構造は至ってシンプルだ。

 まず有り余っている木材を使って樽を作り、底に時化貝を円形に配置する。これだけだ。

 後は洗濯物として、今回は汚れたタオルを入れ、神樹の琥珀を使って精霊に運んでもらった水を流し込む。

 そうすれば洗濯物を獲物と勘違いした時化貝が自動で水流を発生させてくれる。


「あとは」


 用意するのはバブル・ケルピーの鬣の束。持ち手部分には、体液で指が溶けないように、生皮を巻いてある。

 バブル・ケルピーが放つ泡は、鬣から滲み出た体液によるもの。

 毛先か輪っかになったそれをほんの少しだけ浸けてやれば、大量の水で希釈されて掻き混ぜられ、きめ細かな泡の洗剤となる。

 これが汚れを落としてくれるはずだ。


「洗剤の量は要検証だな。気持ち少なめにしたけど」

『干したら穴だらけだったりしてな』

「それが怖いんだよ。穴が空かなくても傷んだりするだけでも怖いし」

『時化貝も死にそう』

「それもある」


 なので、いきなり大事な戦闘服は入れられなかった。


『よし、雲雀ちゃんと伊那ちゃんの戦闘服を入れよう!』

『洗っただけ、洗っただけだから』

『結果的に穴が空いちゃっただけだから』

「お前らっていつもそんなことばっかり考えてるよな」


 嘆かわしいことだ。


「ハジメさーん! 雲雀ちゃんがもう焼けたかもって言ってますよー!」

『もう? 早くない?』

『馬肉はさっと焼くだけでいいぞ』

『焼き過ぎると固くなるからな』

『生でも食えるくらいだしな。流石に魔物の生食はしたくないけど』

「いま行くよ」


 タオルがどうなったかは腹を満たしてから確かめよう。


「いただきます」


 口に運ぶと広がるさっぱりとした旨味と、仄かに感じる甘み。

 獣臭さや生臭さがないかと懸念していたけど、新鮮だからか、はたまた香草のお陰か、全くの杞憂だった。


「いい焼き加減だ。雲雀に任せてよかったよ」

「本当ですか? ありがとうございます。その、嬉しいです」

「雲雀ちゃん、よかったね。すっごく真剣に焼き加減見てたもん」

「い、伊那! バラさないで!」


 和気藹々とした雰囲気の中、食事は進み。あっという間に焼いた分の肉を平らげる。


「ハジメさんハジメさん! もっと焼きましょうよー」

「気に入った?」

「とっても!」

「よし来た。焼くのは雲雀に任せていいか?」

「はい、任せてください」


 これからは雲雀に焼き加減を見てもらうことにしようかな。

 

 

 

 

 

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