第28話 早朝の来訪者
追加で焼いた香草焼きもすべて平らげ、心地良い満腹感のまま洗濯機で洗ったタオルがどうなったかの結果発表へ。
蓋を開けて見るとまだ水流は発生し続けていて、タオルと鳥あえげると程なくして停止した。
タオルの状態はと言うと。
「ちょっと痛んでる、か?」
水気を絞ってみると、手にごわごわとした感触を得た。
「でも、汚れは綺麗に落ちていますね。新品みたいに真っ白」
「今度はもうちょっと量を減らしてみるか」
「汚れちゃったタオルなら幾らでもありますよー」
「いいね。けど、その前に」
バブル・ケルピーを解体した折に出来たクズ肉を洗濯機の中に落とす。
散々、獲物と勘違いさせたんだ、ちゃんとエサはやらないと。
流石にバブル・ケルピーほどの魔物を拘束するほどの水流は生み出せないだろうけど、時化貝たちはこぞって触手を伸ばし、クズ肉に食らい付いた。
「食べ終わって排水するまで待ちだ。すぐに終わるかな、食欲旺盛みたいだし」
「こうして見ると可愛いですよねー。貝殻も綺麗だし。アクセサリーにしたーい」
「可愛いってそっちなの?」
「えー?」
飼いたいじゃなくて飾り付けたいのほうか。
たしか時化貝を磨いて作ったアクセサリーが、どこかの店で売っていたっけ。
本物の宝石にも似ているシーガラスにも負けない輝きを持っているとか。
伊那はそのことを言っているのかもな。
『生き物がなんか食ってる動画ってつい見ちゃうよな』
『謎の魅力がある』
『食うの速いな、貝のくせに』
『ほら、もうなくなるぞ』
あっという間にクズ肉のすべてが時化貝の腹の中に収まり、伸びていた触手が引っ込んだ。
食事の時でも円形を崩さないのは、すぐに水流を発生させて外敵から身を守るためか。
「さぁ、次のエサだ」
「タオルですけどねー」
その後、何度か洗剤の量を変えて試し、生地が痛まない適量を発見することができた。
これでいつでも清潔な服装でいられる。
流石の時化貝もこの頃になると満腹になったようで、落としたクズ肉の半分ほどが残されていた。
これで時化貝を使った洗濯機の使用回数と間隔も把握できたし、これでまた一つダンジョンでの生活が快適になった。
§
「是非、キミの力を貸してほしい」
それはまだ朝露も乾いていない早朝のことだった。
いつものように焚き火に網を引いて朝食を作っていた時のこと。
人の気配を感じてそちらに眼を向けてみれば、木々の影から数人の冒険者が現れた。
男女混合でいずれも歳が近く、その中の一人は知った顔だった。
ダンジョンに閉じ込められた日、多くの冒険者をまとめ上げたあの青年だ。
「この小屋を見て確信したよ。露天風呂も! 俺たちにはキミが必要だ」
俺のことを、魔法のことを知っているような口ぶりだ。
直に言葉も交わしたことのない相手だ。情報源はたぶんリスナーだな。俺の配信しか見ていないリスナーのほうが圧倒的に少ないだろうし、そこから情報が漏れたんだろう。
この状況は時間の問題だったか。
「……悪いけど。そっちに加わる気はない」
「どうして? 俺たちといたほうが安全だし、協力し合える」
「かもな」
同意だけして、視線をフライパンへと戻す。
焦げ付いたら大変だ。
「どうしてもダメ?」
「人が多いのが苦手なんだ。それにそっちはそっちで問題があるみたいだしな」
「問題?」
「大人数が集まって共同生活してるんだ。ないとは言わせないし、実際あったのも知ってる。そういうのが煩わしく嫌なんだ。だから力にはなれない。諦めてくれ」
そう言うと、青年の後ろに控えていた冒険者が声を荒げる。
「あんたが居ればみんな助かるのに! どうして協力しないんだ!」
「おい、よせ」
「だってよ!」
憤る冒険者を青年が宥めようとするものの、怒り心頭と言った様子で聞く耳を持っていない。
こんな朝っぱらから家の前で怒鳴られては堪らない。雲雀も伊那もまだ寝てるんだ。
「例えばの話」
「なに?」
「心から信頼できる仲間がいたとして、そいつに手製の武器を作ってやったとする」
「なにを言って」
「そいつが、その武器で、人を殺したらどうする?」
先ほどまで怒鳴っていた冒険者がたじろいだように閉口した。
「俺はそれが怖くてね。人とは連まないようにしてるんだ」
「だ、だがお前にはすでに仲間が」
「あぁ。でも、二人はルーキーだ。助けがいる」
「だったら尚更、そのルーキーのためにも俺たちのところに――」
「もう止めろ、十分だ」
青年が強く止めに入った。
「助けが必要なルーキー二人がこっちに合流せずに彼を頼っている、それが答えだよ」
いま彼が抱いている感情は、恥だ。
自身が代表を務める集団の問題点が、こう言った形で露見したんだ。
直視したくもないはずだけど、彼はこれ以上の恥は掻かなかった。
「仮にだけど、こっちの問題を解決できたら合流してくれたり」
「どうだかな」
問題は山ほどあるだろうし、解決なんて出来るかどうかだ。
仮に出来たとして、俺がそっちに合流する理由にはならない。
「そっか」
彼はそうあっさりと引き下がって、ほかの冒険者と共に樹海の中へ消えていった。
「ふぁ……なにか大きな声がしませんでしたー?」
「人の声だったような……」
寝ぼけ眼を擦りながら、二人が小屋から出てきてしまった。
やっぱり起こしちゃったか。
「どこかで魔物が吼えたのかもな。それより飯の時間だ、顔洗ってきな」
「はーい」
さっきあったことを二人に話すべきかどうか。話さなくてもいいとは思うけど、一応伝えては置こう。
選択肢は常に二人のほうにある。
選ぶのは雲雀と伊那だ。
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