第29話 食事に彩りを

「いきません」

「やだ! ハジメさんと一緒にいる!」


 朝食のあと話すべきこととして、一度誤魔化したとはいえ、今朝の出来事を二人に伝えたところ、即決だった。

 ほんの一瞬、悩む仕草すら見えないくらいだ。

 それだけ意思が固いなら俺から更に何か言うことはないか。


「あ、でもハジメさんが行きたいなら……」

「いや、俺にもその気はないよ」


 命を最優先にするなら、あちらに合流したほうがいいのはたしかだ。

 でもそれは人間関係や生活環境のことを度外視すればの話。

 快適な生活を送りたい俺にとっては今の環境がベストだ。


「よかったー。これでハジメさんが行くって言ったら私たちも付いていかないとだし」

「天地がひっくり返ってもないな」


 それこそダンジョンに閉じ込められるなんて天地がひっくり返ったようなものだけど、それでも俺は自分の主義を、自らが引いた一線を、越えることはなかった。

 今後も恐らくない、先のことは何もわからないけど。


「この話はこれで終わりだ。今日も一日頑張ろう」

「はい」

「はーい」


 朝食の後片付けをして、火の始末をしっかりとする。この後は配信の打ち合わせだ。


「露天風呂に冷蔵庫、洗濯機。これまで必要に応じて作って来たけど、二人は欲しいものとかある?」

「欲しいもの……」

「はいはーい! 私、ドライヤー! あとお部屋をもっと可愛くしたい!」

「ドライヤーか、あと可愛いインテリア……」

「ドライヤーなら私の魔法が代わりになるじゃない。これまでだってそうして来たでしょ?」

「そうだけど、雲雀ちゃんの魔力がもったいない! いざって時に魔力切れになったら大変でしょー!」

「たしかにそうだな」


 ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 魔力量の僅かな差が生死を分ける可能性だってないとは言い切れないか。

 ドライヤーで僅かでも雲雀の魔力が温存できるなら作る価値はある。


「じゃあドライヤーとインテリアは決定として、雲雀はなにかあるか?」

「そうですね……」


 雲雀は目を伏せて深く考え込むような仕草を取ったかと思うと、ぽつりと呟く。


「野菜……」

「野菜?」

「はい。ダンジョンでの食生活はどうしても肉中心になってしまうので」

「たしかに! 野草じゃ物足りないかも」

「そうだなぁ」


 実のところ俺も二人と似たようなことを考えていた。ゴーレムが集めて来てくれるし、味も悪くない野草だけど、やっぱり物足りない。

 この環境下で贅沢な悩みではあるが、食の悩みは自分が思うより、体のコンディションに影響を及ぼす。

 食事には彩りが必要だ。


「よし、決めた」


§


『生存確認』

『配信あるとほっとするわ』

『平原エリアの連中はすでに何人か犠牲になってるからな』

『人多いからな、あっち』

『出来るだけ大勢に生き残ってほしいわ、ホントに』


 開幕、暗い話題になってしまったが、それに流されてはいけない。

 多少、不謹慎と思われようと元気よくいかないと。


「よし、始まった。今回も来てくれてありがとな、リスナー」

『おう』

『配信がある限りは見るぞ』

「言ったな? ここを脱出するまで付き合ってもらうから、そのつもりでいろよ」

『任せろ』

『見るだけなら幾らでも見てやんよ』

『ギフトも贈ってやる。通らないけど』


 あれから何度か配信をしたけど、結局ギフトが贈られたのは一度切りだったな。

 相当に珍しい現象らしい。

 また起こってくれるといいんだけど。


「じゃ、脱出のためにも今日やることを発表するぞ」

『お』

『なに作るんだ?』

「今回は畑を作るぞ!」

『畑?』

『耕すのか』

『おい、ちょっと待てよ。じゃあ』

『またゴーレムちゃんか!』

『いい加減過労死するぞ』

「死んでも俺が生き返らせるから平気」

『死んでからも働かせようとしてやがる』

『鬼! 悪魔! ハジメ!』

「うるせぇ! ゴーレムは創造主を選べないんだよ!」


 と言うわけで、ゴーレムに開墾を命じることに。場所は小屋の向かい側、既に木々は伐採済みで場所は空いている。

 ゴーレムたちがそこへと一斉に駆け込み、手にした鍬で土を耕していく。


『でも畑はこれでいいとして、種はどうすんの?』

『ホントだ、植えるもんないじゃん』

『果物の種は?』

『収穫何年先だよ』

『野草でも植えんの?』

「いいや、野草は植えない。これから野菜を貰いに行くんだ」

『貰いに行くって』

『まさか平原エリアに!?』

『ついにハジメちゃんも観念したか』

『いや、平原エリアにもねーだろ、野菜』

『じゃあ、どこに行くつもり?』

「エルフの里」


 これからキリルの元を訪ねる。

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