第30話 野菜を求めて
『エルフの里になら野菜あんの?』
『あるぞ』
『貿易関係あるからな、一応』
『昔、冒険者が持ち込んだらしい』
エルフと人間の関係は意外と古くからある。
と言ってもダンジョンが出現してからだから割と近年ではあるんだけど。
『エルフの里に杉の木持ち込もうぜ』
『やめろ』
『エルフの里が涙と鼻水で沈むぞ』
『エルフのそんな姿みたくない!』
『まぁ、エルフなら花粉症にもならなそうだけどな。根拠ねーけど』
森に住んでいるのだから植物全般の事柄に耐性がありそう、というのはどこかわかる話だった。
根拠はないけど。
「私、エルフの里って初めて! 本当に美男美女しかいないんですか?」
「あぁ、それは本当」
「わぁ! 映画の世界みたい! 楽しみ!」
拠点を出て、焼け焦げて出来た道を歩く。
ファイア・ドレイクが通った痕は、樹海エリアの植物たちが持つ強靱な生命力を持ってしても、未だ修復し切れてはいなかった。
ただそれほど深刻なダメージというわけでもなく、いずれはこの道も消えてしまうだろう。道しるべとして使えるのも後少しか。
「エルフ……失礼のないようにしないと。人間の代表だと思って……」
「あまり気負うなよ、伊那ほど気楽にとは言わないけど」
「えー? それってどういう意味ですか?」
「さーて、あと少しでエルフの里だぞー」
「あー! 誤魔化したー!」
頬を膨らませた伊那に追い掛けられるようにして、駆け足でエルフの里付近に到着する。
ここは焦げ付いた道の終着点。ファイア・ドレイクを討った場所。そこの焼けた土を踏むと、待ち構えていたかのように一人のエルフが弓を構えていた。
キリルじゃないエルフだ。
そもそもが女性で、ほかのエルフもそうだけど、端正な顔立ちをしている。
「早々に立ち去れ、人間」
どうも友好的ではなさそうだ。
『エルフってみんなこうなの?』
『人間に対して敵対的だよな』
『矢を飛ばすのがエルフの挨拶なんじゃね?』
「争いに来たんじゃない。まずは話を」
「謝罪なら不要だ。我らは貴様たちを許さない」
「謝罪?」
言葉の意味を理解する暇もなく、弓に矢が番えられる。
こちらの話に聞く耳を持たず、敵意ありありと来た。
キリルとの初対面でさえ、これほど険悪な雰囲気にはならなかったのに。
とにかく、この場には雲雀と伊那もいる、争うのは不味い。
「キリルを呼んでくれ!」
「キリル……キリル殿だと?」
「あぁ、知り合いだ」
「馬鹿を言うな。貴様とキリル殿が知り合いだと?」
「こいつが証拠」
異空間から神樹の琥珀を取り出すと、彼女は眼を丸くした。
「なぜそれを貴様がっ」
「交換したんだ。ファイア・ドレイクの死体半分と」
そう伝えると彼女は思案するように目を伏せ、構えた弓から矢を外す。
攻撃対象から外れたことに安堵はしたが、しかしエルフの里でなにがあった?
俺たちに対する対応は常軌を逸していたように思える。
「いいだろう。付いてこい」
こちらに背を向けて歩き出した彼女の背中から、視線を二人のほうへと向ける。
「招いてくれるみたいだ、行こう」
「は、はい」
見失わないうちに足を動かす。
「なんか想像してたのと違う……」
「歓迎まではされなくても、話は聞いてくれるものだと……」
「俺もそう思ってたよ」
ただ野菜の種や苗を交換してもらいに来ただけなのに。
終始無言のまま彼女は進む。
『気まずっ』
『ここでハジメちゃんの爆笑一発ギャグをどうぞ』
「そんなのあるんですか?」
「ねーよ!」
例えあったとしても前フリで爆笑と言われたら終わりだ。何をしても絶対に受けない。
なんて無茶ぶりをされているうちにエルフの里にたどり着く。
「わぁ! これこれ! こういうの!」
「森と一体になっているのに、根差した地面からは遠くて……不思議なところ」
二人共何かしらの情報媒体でエルフの里がどのようなものか知ってはいたはず。
それでも生で見るこの光景には目を輝かせずにはいられなかったみたいだ。
「こっちだ」
以前と同じように大樹の幹に巻き付いた木製の螺旋階段を登った先で見知った顔がようやく見えた。
「やはりお前たちか」
キリルはこちらを一瞥すると、周囲にいたエルフに何かしらの命を下してこちらにくる。
「ご苦労だった、リリシア。下がっていい」
「ですが、この人間たちは」
「問題ない。私が対処する」
「わ、わかりました」
すこし不服そうにしながらも、リリシアと呼ばれた彼女はこの場をあとにする。
口ぶりからして、移動中に何らかの方法で連絡をとっていたか。
「忙しそうだな」
「人間のせいでな」
「何があった?」
「お前がやろうとしていたことがあった」
「俺が?」
やろうとしていたってことは、未遂で終わったってことだよな? 俺、なにかしたっけ?
「あ」
心当たりが一つあった。
「先に言っとくけど、俺に悪気があったわけじゃないからな」
『何の話?』
「たぶん、どっかの冒険者がエルフの領地から何が盗ったんだろ。知ってか知らずかはわからないけど」
『ハジメちゃん、盗みを!?』
「だから悪気はなかったんだって。未遂だったし!」
まぁ、あの時は毒で苦しんでいる伊那を助けるためだったから、事と次第によっては盗人になっていたかもな。
俺も引くわけにはいかなかったし。
「んん? 私の顔に何かついてます?」
「いや、なにも」
とにかく、だからリリシアはあんなにピリついていたのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます