第31話 スポットライトを浴びて

「何を盗られたんだ?」

「キノコだ」

『え、キノコ?』

『俺、タケノコ派』

『希少なキノコだったとか?』

「珍しいのか? それ」

「いや、その辺に幾らでも生えている。だが、我らの土地のものだ。奪うことは許されない」

「あぁ、わかってる」


 それがたとえ薬草一つ、キノコ一つでも、エルフは奪われることを嫌う。それだけ自身が住んでいる土地を神聖視し、大事に思っているからだ。


「同じ人間がしでかしたことだ。手伝おうか?」

「必要ない。我らの領地から逃れることなど不可能だ」

「それもそうか」


 森に住まう種族であるが故に木々の位置、枝の角度まで熟知し、その隙間を風の流れのように縫う。前回も今回も、エルフの領地に近づいただけでこちらの位置を捕捉されていた。相当に耳もいい。

 本気になったエルフの追跡から逃れるのは至難の業だ。

 チャレンジしたくもない。


「それで、用件はなんだ?」

「あぁ、そうだった。また交換してもらおうと思って。なにかと野菜を」

「そうか。おい」


 偶然、近くを通ったエルフの兵士が呼び止められる。


「この者たちを畑に案内しろ。話は通しておく」

「はっ!」


 エルフの兵士はぴんと姿勢を正すと、命令に従い俺たちの元へ。

 その動作はわざとらしいくらいに規則正しく、訓練の練度が見て取れた。

 一介の兵士でこれなら、盗みを働いた冒険者には本当に一縷の望みもなさそうだ。


「こちらです」


 キリルと別れ、俺たちは先ほど登ったばかりの螺旋階段を下る。


「流石に畑は地面にあるんですね」

「思った! なんでも木の上ってわけじゃないんですねー」

「一回地上に下りてまた登るかもよ」

「えー!?」


 なんて話をしつつ再び地上に足を付ける。

 そこからすこし移動した先、ちょうど太陽石の光が差す場所に畑はあった。

 頭上を見上げてみると枝葉に覆われた天井が、畑の上だけくり抜かれたように空いている。人為的な剪定の跡があり、意図的に穴は空けられているようだった。


『エルフも木を切ったりするんだな』

『お前は里の足場がなにで出来てると思ってるんだ?』

『そりゃするだろ。間伐もしないとだし』

『いや、気持ちはわかる。滅茶苦茶大事にしてそうだもんな、木』


 スポットライトのような日差しの下につくと、畑を管理しているエルフがこちらに気付く。先に兵士と言葉を交わすと、彼はこちらに歩み寄った。


「話は聞いたよ。野菜が欲しいんだって?」

「あぁ。ちゃんと等価値のものと交換する」

「いいだろう。畑を見せよう」


 よく耕された土に目を落とすと、見慣れた野菜の数々にすこし懐かしい気持ちになる。

 ダンジョンに閉じ込められてから一週間と少し、それだけの時間しか経っていないのにな。


「キャベツ、ニンジン、キュウリ、ピーマンもあるのか」

「私、ピーマンきらーい」

「肉詰め美味いのに」

「えー? 本当ですかー?」

「ホントホント。色々と足りないものがあるから作れないのが惜しいところだな」


 味付けが塩だけってのも問題だよな。

 なにか調味料になるものが作れればいいんだけど。


「雲雀は苦手な野菜とかあるのか?」

「いえ、私は特に」

「え!? 雲雀ちゃんニンジン嫌い直ったの!?」

「い、伊那!」


 どうやら嫌いな野菜があることが恥ずかしかったようで雲雀の顔が紅くなる。


「まぁ、人間好き嫌いはあるもんだし」

『俺、ナスがダメだわ』

『ナスの天ぷらとかこの世で一番上手い食い物だろ。それより椎茸、あれはホントにダメ』

『椎茸のバター醤油焼きとか食ったことないの? キュウリのほうがよっぽど無理』

『トマトとかいう悪魔の食い物』

『セロリなんて人間の食うものじゃないだろ』

「ほらな?」

「は、はい」


 熱くなった頬を手で扇ぐ様子を横目に野菜に視線を戻す。


「かぼちゃにトウモロコシ、ジャガイモもあるのか」


 思ったよりもラインナップがいい。

 これは畑を拡大しないと行けないな。


「とりあえずキャベツとキュウリ、ジャガイモは欲しいな。ピーマンも」

「えー」

「ニンジンも」

「う」


 無理に食べろとは言わない。

 俺が食べたい。


「あとは一種類ずつ種か苗が欲しい」

「構わないが、それに似合うものが出せるんだろうな?」

「そうだな、なにがいいか……」


 最初は手製の弓と薬草の交換だった。

 この前はファイア・ドレイクの死体半分と神樹の琥珀。

 今回はなにを交換に出すべきか。

 そう悩んでいると、ふと視界の端に映り込んだものがあった。

 使い古されて痛んだ農具だ。

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