第32話 キノコはキノコで

「あの農具、随分と傷んでるな」

「ん? あぁ、あれか。長いこと使ってきたから、とうとう駄目になっちまった。森の木を使った物だ、限界まで使いたいんだがな」

「なるほどね、触ってもいい?」

「え? あぁ、構わないが」


 畑を離れて、側付された小屋に立て掛けられた農具に手を掛ける。

 鉄を用いない木材だけの木造農具。

 近くで見てみると思ったより傷んではいなかった。

 農具としての機能するラインを僅かに越えている。そんな印象だ。


「これ、いらないんだよな?」

「あぁ、最後は薪になる」

「もらっても?」

「もらう? そりゃ構わないが……何に使うんだ?」

「まぁまぁ」


 妙なことを言う人間だと、そう思われているのをひしひしと感じつつ、異空間を開いて木材を取り出す。

 俺の魔法は傷んだ物を再生させることは出来ない。けど、まだ使える部分だけを抽出して、新たに作り変えることは出来る。


「クラフト」


 あっという間に元をできる限り再利用した新たな農具が完成する。


「使える部分を元に新しく作った。これで長く使えるだろ?」

「ほう……エルフの扱い方がよくわかってるようだな」


 ニヤリと笑うエルフに手応えを感じつつ、農具を野菜交換の一つとする。

 それから事前に作っておいた弓や燻製肉を加えて無事に交換が成立した。


「必要になればまた来るといい。こいつはいい農具だ」

「そうさせてもらうよ、それじゃ」


 手に入れた野菜やその種と苗を異空間に放り込み、畑を後に。


「一応、キリルに帰るって言っておくか」

「また登るんですかー? 螺旋階段」

「なら下で待ってる? 私とハジメさんで行ってくるから」

「それはなんか寂しいから嫌ー」

「はっはー、じゃあ皆で行こう」


 再び長い長い螺旋階段を登り、エルフの里へ。

 普段から鍛えている冒険者とはいえ、流石にこの上り下りは足に来る。

 明日に疲れを残さないよう寝る前のマッサージを丁寧にしとかないとな。


「ん? 人集りが出来てる」


 螺旋階段を登り切ると、その直ぐ側にエルフが集まっていた。

 見に纏っている物から判断するに、一般人や兵士が入り乱れている。

 なにかを取り囲んでいるようだ。


「まだ居たのか」


 どこか険のある言葉を耳が拾う。

 リリシアだ。


「あの人集りは?」

「我らのものを盗んだ人間が捕まった」

「あぁ、それで」


 やっぱりエルフと森で鬼ごっこなんてするもんじゃないな。


「数は?」

「一人」

「なら平原エリアの連中は無関係か。当たり前だけど」

『なんで?』

「ただでさえ魔物の相手で手一杯なのに、その上エルフまで敵に回す馬鹿はいないってこと。盗んで得られるメリットよりデメリットのほうが遙かに大きいだろ?」

『たしかに』

『下っ端が勝手にやったってことか』

『盗んだのもキノコだしな』

『キノコでエルフ全体が敵に回るとか馬鹿すぎて笑う』

「問題はエルフがこれをどう見るかだけど……」


 罪がその冒険者一人に留まればいい。

 けど、それが平原エリアの連中にまで及ぶ可能性は十分にある。

 下手すれば敵対関係になり、もっとも望まない結果になってしまう。


「そいつはどうなる?」

「盗ったものを返してもらう」

「なにで?」

「盗ったものでだ」


 にわかに人集りが騒がしくなる。

 視線を向けるとちょうど盗人の冒険者が連行される場面だった。

 その様子を眺めていると、ふと目が合う。


「そこの! 助けてくれ! 同じ冒険者のよしみだろ!」


 周囲にいたエルフたちの視線が一気にこちらに向かう。


「……彼はこれからどこに?」

「菌床だ。奴にはそこで盗った分のキノコを栽培してもらう」

「なるほどね」


 盗ったものは盗ったもので。

 キノコはキノコで返せと。

 俺もあとすこしで彼と同じ末路を辿っていたかと思うとぞっとするな。


『キノコって収穫まで何年か掛かるんじゃ』

『でも菌床だろ? もっと短くて済むだろ』

『三ヶ月か四ヶ月ってところか』

『窃盗の懲役じゃん』

『飯付きで毎日エルフを拝めるなら寧ろ捕まりたいんだが?』

『まぁ、ある意味一番安全なところかもな』


 平原エリアの連中とエルフが敵対関係になるようなら、それを未然に防ぐ努力をしようと思っていたけど、その必要はなさそうだ。

 こうなってしまうと助ける義理もないし、三ヶ月か四ヶ月ほど彼には頑張ってもらおう。


「キノコ栽培頑張って」

「嘘だろ!? 助けてくれ! 頼むって!」


 助けを求める声に応えないのは心苦しいが罪は罪だ。

 俺の時は運良く交渉に持ち込めたけど、彼はそうはいかなかった。逃げたという事実も、エルフの心証を悪くしただろう。彼を無理に庇うと、今後の取引に影響が出そうだからこれはもうしようがない。

 キノコ栽培、頑張ってくれ。


「じゃあ、俺たち帰るよ。そうキリルに伝えておいてくれ」

「いいだろう、伝えておく。さっさと帰れ」

「はいはい」


 彼が連行されるのを見送り、なんの憂いもなく俺たちは帰路につく。

 帰ったら畑を拡張しないとな。

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