第33話 苦手なもの

 土塊のゴーレムに頑張ってもらい、事前に作っておいた畑は更にその面積を広くした。

 種や苗を植える作業も一任し、俺たちは夕食の準備に取り掛かる。


「さて、この野菜で何を作ろうか」

「ドレッシングもマヨネーズもありませんもんねー」

「すぐ思いつくのは野菜炒めですけど」

「野菜炒めか。塩と胡椒はまだあるから後はせめて醤油があればな」

「醤油かぁ」


 ちらりと伊那が撮影ドローンのほうを見る。


「リスナーさん! 私、お醤油が欲しいなぁ」

「伊那?」

「ほら、雲雀ちゃんも! もしかしたらギフトが贈られてくるかも! ほらほら!」

「え、えっと。お、お願いしますっ」

『かわいい』

『おじさんに任せろ』

『ギフトをねじ込め!』

『気合で届けろ!』

『一回は通ったんだ!』

「いやいや、そんな都合よくは――」

『ギフトが贈られました』

「ホントに!?」


 伊那と雲雀のおねだりの甲斐あってか、撮影ドローンから光球が飛び出し、手の平の内で形を成す。

 醤油のボトルだ。


「わーい! やったー!」

「ほ、ホントに届いた……」

「恐るべしリスナーの執念」


 本当にギフトが贈れたことで、コメント欄もお祭り騒ぎだ。 


「ありがたく使わせてもらおう!」


 そうと決まれば料理開始だ。

 まずはまな板を用意して、その上でキャベツを食べやすいサイズに刻む。それ終えて次の野菜に手を伸ばしたところ。


「ハジメさん、ピーマン入れないで?」

「ダメ」

「あーん!」


 バッサリと断ってピーマンを細切りに。

 次の野菜だ。


「あ、あの、ニンジンってやっぱり」

「入れます」

「で、ですよね……」


 容赦なくニンジンを短冊切りにする。

 もやしがあれば入れたかったが、ないのでしょうがない。

 あとは冷蔵庫から取り出した蜥蜴肉を薄く切って準備完了。

 食材をフライパンに放り込んで火に掛けた。


「塩胡椒に醤油を一回し。よし、いい感じ」


 久々に嗅ぐ香ばしい醤油の匂いが食欲を刺激する。ただの野菜炒めなのに、今はこれが早く食べたくてしょうがない。


「それじゃ」

「いっただっきまーす!」

「いただきます」


 新鮮な野菜と舌に馴染む醤油の味。肉の旨味も相まって食欲と腹が満たされていく。野菜炒めってこんなに美味かったっけ。


「お肉とキャベツは文句なしに美味しいですけど。ピーマン……」

「ニンジン……」

「食ってみると意外と平気かもよ。ダンジョンに幽閉! 食糧難! 食べ物はピーマンとニンジンだけ! そう思えば食えるかも」

「た、食べなきゃ死んじゃう」

「い、生きるために!」


 意を決して、二人は苦手な野菜を口へと運ぶ。


「うん……うん……」

「なんとか……食べられなくは……」

「ま、そんなもんだよな」


 俺も料理が得意って訳じゃないし、味付けもシンプルそのもの。

 この野菜炒めが美味しく感じるのも、環境の後押しが大きい。

 キャンプで食う飯がやたらと美味く感じるあの現象をより強くしたようなものだ。

 場の雰囲気でなんとなく食べられても、嫌いなものは嫌いだ。


「でも、本当に食糧難になる可能性はあるからな。なんでも食べられるようになっておかないと」

「そうですね。ニンジン、克服しないと」

「うえー。ハジメさんはなにか嫌いな食べ物ってないんですか?」

「……ナイヨ」

「嘘だー! ズルい! 正直に言ってくださいよー!」

『そうだぞ』

『人に聞いて自分は言わないなんてことないよな』

『正直にどうぞ』


 これは言わないとダメな流れか。


「……グリンピース」

「えー、美味しいじゃないですかー」

「いいや、美味くない。それにグリンピースが混入すると全部グリンピースの味になるのが嫌なんだよ、俺は」

「グリンピース……たしかサヤエンドウの苗がありましたよね」

「じゃあもうちょっと成長させたらグリンピースだ! これはハジメさんに食べてもらわないといけませんなー」

「……エンドウ豆にしちゃダメ?」

「ダメ-!」

「ダメです」

「はい……」

『やりかえされてるじゃん』

『因果応報』

『ハジメちゃんが負けてるのも珍しい』


 二人に何でも食べられるようになっておけと言った手前、俺がグリンピースから逃げる訳にはいかなかった。

 もしかしたら将来、本当にグリンピースに命を救われることがあるかも知れない。

 俺も苦手を克服しないとな。


§


 夕食後、配信を終えた俺たちは順番に風呂に入り、あとは寝るだけとなっていた。

 自室のスライムベッドに身を預ければ、ランタンの明かりに仄かに照らされた天井が眼に入る。何気なくその天井を眺めつつ、明日はなにをしようかと思考が巡った。

 真っ先に浮かんだのは、野菜炒めの味だった。


「醤油があるなら照り焼きも……いや、砂糖もみりんもないしな」


 リスナーからのギフトも、次はいつかわからない。

 その時々で必要なものも変わってくるだろう。

 そんなことを考えていたら食べたくなってきた。どうにかならないもんか。


「あ、そうだ」


 ある。このダンジョンにも。


「ハチミツだ」


 

 

 

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