第34話 甘味を求めて

 早朝の拠点に煙が立ち、薪に油が垂れ、網の上で毒魚の開きが身を焦がす。

 毒魚が持っているのはタンパク質毒なので火を通せば問題なく無毒化できる。

 火加減を見誤ると伊那のように死にかけるので慎重に。


「よし、いい感じ」


 十分に火を通し、焼き過ぎにならないうちに網から皿へと移す。

 網目状の焦げ目がいい感じだ。


「美味しそう! 早く食べたい!」

「伊那、ちゃんと克服できたみたいね」

「えへへー、まぁね」

「ピーマンの克服はまだ先そうだけどな」

「ハジメさんのグリンピースも」

「たしかに」


 焼けた毒魚を木皿に移し、醤油を一垂らし。


「いただきます」


 軽く解れる身質と溢れ出る旨味、醤油の風味が混ざり合う。

 五感は記憶に結びついていると言うけれど、たしかにそうだ。極限の環境下で間隔が鋭敏になっているのも原因としてあるだろう。どこか懐かしい記憶が、小学生の頃に毎日食べていた母さんの朝食が今ふと蘇った。

 串に刺した塩焼きも美味かったけど、やっぱり醤油のほうが舌に馴染む。


「なんだかほっとする味ですね」

「お醤油の力って偉大ー」


 これも量に限りがある。

 大事に使わないと。


「そうだ、今日の予定だけど」

「はい」

「ハチミツを取りに行こうと思う」

「ハチミツ! いいですね、フルーツも美味しいけど、もっと甘いのが食べたかったんです!」

「ハチミツとなると相手はシュガリー・ビーですね」

「あぁ、そのつもり」


 シュガリー・ビーは蜂の魔物で糖度の高いハチミツを巣に溜め込んでいる。

 通常の蜂とは違い、数は少ないが体が大きく全長一メートルほどまで成長するとか。

 毒針はもはや槍と大差なく、毒の威力は人間程度なら数秒ほどで指先一つ動かせなくなる。

 なお、シュガリー・ビー自体も食べることが出来て甘い味がするのだとか。


「でっかい虫かー……うえー」

「でかいお陰で対処もしやすいんだけどな」

「数も多くはないですからね」


 単体としてみれば普通の蜂より圧倒的に強いものの、群れとして考えると対処しやすいのはシュガリー・ビーのほうだ。

 小さく、数が多く、素早い、この利点を捨てたのは、ほかの魔物にとっては悪夢だろうが、人間にとっては好都合だった。


「一つの蜂の巣に大体三十から五十のシュガリー・ビーがいる。一人あたり十数体倒せば制圧完了だ」

「脅威なのは毒ですね、やっぱり」

「また毒だー!」


 雲雀も伊那もまだ戦ったことがないのか不安そうだ。解毒薬はまだあるが、二人は毒の恐怖を知っている。

 不安にもなるか。


「自信がないなら留守番でもいいけど」

「行きます」

「行く!」


 これまた即答だった。


「不安はあります。でも、逃げていたらこのダンジョンで生きていけません」

「毒は怖いけど……ハチミツ食べたいもん。頑張らなきゃ!」

「そっか、わかった。じゃあ、行こう」


 朝食を平らげたら行動開始だ。


§


『ハチミツかー』

『ダンジョンじゃ貴重な甘味だな』

『果物も甘いだろうけど、品質改良とかされてないしな』

『それに栄養満点で健康にもいい』


 撮影ドローンから発せられるコメントを耳にしつつ、樹海エリアの未踏の地を歩く。

 シュガリー・ビーの生息域は、この樹海エリアだ。


『でも蜂の巣なんて見つけられんの?』

「簡単じゃないけど、手掛かりはあるよ。ほら、そこに花が咲いてるだろ?」


 撮影ドローンの画角を調整する。


『うわデカ』

『デッッッッッッ』

『禍々しい色してんな』


 配信画面に映ったのは、人丈なんて優に超えた大輪の花。

 その花弁は濃い紫に赤い斑を浮かべていて、見るからにヤバそうな雰囲気を持っている。


「シュガリー・ビーはデカいから、蜜を取る花もそれなりにデカくないとダメなんだ。そして、はい雲雀」

「シュガリー・ビーはその巨体ゆえの重量問題から長距離の飛行を得意としていません」

「その通り」

「つまり、この花の近くにシュガリー・ビーの巣がある可能性が高いってことですよね!」

「正解! 二人に百点満点!」

『ゲロアマ採点やめろ』

『こいついっつも採点甘いな』

『ちょっと俺の担任と変わってくれない?』


 なんて話をしていると木々の影から新たに巨大花が現れる。

 その上には巨大な蜂の姿があった。


「シュガリー・ビーだ」

 





 

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