第35話 蜂の巣をつつく

 巨大花に取り付いたシュガリー・ビーは、全身に花粉を纒いながら花の蜜を啜っている。

 こちらに気づいた様子はなく、これ幸いと俺たちはよく観察できる位置に陣取り、そっと茂みに身を隠した。


「丁度いい、巣まで案内してもらおう。おっと、読み上げ切っとかないと」

『言論弾圧反対』

『俺の声を聞け』

『言葉だろ』

『俺等のことはどうでもいいってこと!?』

「はいはい」


 容赦なく読み上げ機能を切り、配信映えという点に置いてかなりつまらない絵面のまま数分が過ぎる。

 自然観察配信になるのではと危惧し始めたところでシュガリー・ビーに動きがあった。

 薄い羽を羽ばたかせて飛翔する。


「追跡開始」

「伊那、静かにね」

「私まだ何も言ってないよー!」

「静に!」

「静に!」

「わーん!」


 聞く者を威嚇するような独特の羽音を鳴らして、シュガリー・ビーは木々の隙間を縫うように飛ぶ。

 こちらに気づいた様子はない。

 その羽音に掻き消される程度の物音に留めた動きで、その背中を追いかけた。

 そうして何十何百の木々を抜けた先で辿り着くシュガリー・ビーの巨大な巣。


「おっきい……」

「こんなに大きくなるものなんですね」

「いや、これは……」


 目の前に聳え立つシュガリー・ビーの巣は、複数本の木を取り込み、寄生するように成り立っている。

 内部は人が通れるほど広く大きい物だが、けれどこのシュガリー・ビーの巣は特別だった。


「デカすぎる」


 通常の、過去に俺が見てきた実物より、遥かに大きい。数えるのも億劫おっくうになるくらい大量のなシュガリー・ビーが出入りしている。


「これ、いくつか巣が合体してるんじゃないか?」

「女王蜂が何匹もいるってこと?」

「どうかしら? 女王蜂同士が共生することはないはずだけど」

「なら、奪い取ったんだ」


 国と国との戦争のように、勝ったほうが負けたほうを支配した。領地となった巣の労働力を使えば巣もあれほど大きく出来る。

 この辺りじゃ最強のシュガリー・ビーの群れだろうな。


「当初の想定よりずっと数が多い……どうしますか?」

「そうだな……」


 これほどの規模だ。三人でシュガリー・ビーを全滅させるのは骨が折れる。

 そこまでしてハチミツか欲しいかと問われれば、正直怪しくなって来てしまった。

 大人しく別の巣を探すか?

 だが、おそらくこの周辺、シュガリー・ビーの飛行範囲内にある巣は全滅している。

 今日のものにはならないか。

 それに配信的に何も進展がないと言うのも不味い。


「……作戦を変えよう。全滅させるのはなし」

「じゃあ?」

「巣の一部をもらって逃げる」


 これしかない。


「逃げ切れますか?」

「なんとかするさ」


 コメントの読み上げを再開。


『蜂の集合住宅か』

『ハチミツめっちゃありそう』

『ここにも社畜がいるのか』

『親近感湧いてくるな』

『ゴーレムちゃんと気が合いそう』


 また好き勝手言ってやがる。


「という訳だ。二人はシュガリー・ビーの排除を頼む。俺が巣を斬って異空間に落とす。あとは全力で逃げるだけ!」

「はい!」


 二人の力強い返事と共に、それまで身を隠していた茂みから飛び出し、三人揃って一直線に巣へと駆ける。

 身を曝け出してことでこちらの存在に気が付いたシュガリー・ビーたちは、羽音を強く響かせて攻撃態勢に入った。

 その数は視界を覆い尽くさんばかり。


「アトモスフィア!」

「イルミネイト!」


 先制攻撃を仕掛けるのは雲雀と伊那。

 荒ぶる風の刃が切り裂き、轟く稲妻が貫く。

 シュガリー・ビーの残骸が降り注ぐ只中に道が開け、俺はそれを踏み締めて巣までの距離を縮める。

 風と稲妻の猛攻を擦り抜けた個体も、斬龍の大剣角の前では脅威じゃない。

 異空間から抜刀した虎鶫が更なる道を切り拓き、この身を巣の元まで運ぶことが出来た。


「この辺りを!」


 描いた一閃がシュガリー・ビーの巣の一部を断つ。量は十分。落下地点に異空間を開いて落とし、回収は成功した。


「よし! 撤収!」


 ここからは逃亡劇の始まりだ。

 相手は多数で強力な毒と槍のような針を持っている。

 すでに目的は達した。

 こちらの勝利条件は逃げ切ること。

 シュガリー・ビーの毒針に捕まらずに拠点まで帰って見せる。

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