第36話 ハチミツ
迫りくる羽音はもはや威嚇の域を超え、怒りを露わにするかの如く、無数に重なり合って響いていた。
羽音で周囲の物が切れてしまうのではないかと思うくらい危機感を煽られる。
実際にシュガリー・ビーの毒針は直ぐそこまで迫っていた。
「追いつかれちゃいますよー!」
「数が多い!」
絶え間なく疾風と迅雷がシュガリー・ビーを撃ち落とし、無数の残骸が地面に散るも、その数が減った気がしない。
『こーわ』
『下手なホラー映画より怖い』
『羽音無理』
『うじゃうじゃしてるのが迫ってくる!』
『ミュートにした』
いくら冒険者として鍛えているとはいえ、人間の足では到底叶わない。
これ以上、距離を詰められる前にこちらから仕掛けよう。
バブル・ケルピーと戦った際、使わないままだった、あれの出番だ。
足を止め、シュガリー・ビーの群れに立ち向かう。
「ハジメさん!?」
異空間を開いて取り出すのは氷晶石。
「クラフト」
虎鶫と掛け合わせ、凍結する刀身。刃からは冷気が溢れ、その軌跡に雪が舞う。
「氷晶・虎鶫」
振るった一撃は、すべてを凍て付かせる吹雪となって吹き荒び、舞い散る雪がシュガリー・ビーの群れを白く染め上げる。林床も木々も丸ごと凍結させ、樹海は一瞬にして雪景色に変わった。
雪に埋もれて凍結したシュガリー・ビーたちはもう二度と動き出さない氷像と化した。
「すっごーい!」
「流石です、ハジメさん!」
「ありがと。でも安心するのはまだ早い」
まだ薄くシュガリー・ビーの羽音が響いている。
「後続が来てる。拠点まで走れ!」
「にっげろー!」
「伊那! 真面目にしないと躓くわよ!」
「そんなヘマしないもーん――おっとと! セーフ!」
「まったくもう!」
転けそうになったが持ち直した伊那に、安堵しつつも呆れる雲雀。
二人を伴って帰路を駆け抜け、シュガリー・ビーの追跡を振り切る。
美味く逃げ果せた、拠点に到着だ。
§
拠点に逃げ帰って一息を置いてから、異空間から切り取った蜂の巣を取り出した。
両手を広げてもまだ足りないくらいの大きな蜂の巣だ。
「あれ、意外と穴が小さいんですね。成虫があんなに大きいのに、普通の蜂の巣よりちょっと大きいくらいじゃないですか?」
「ちょうどそういう階層を切り取ったのかもな」
「シュガリー・ビーの生態ですね。育てている幼虫の育ち具合によって階層分けされているとか」
「そ。見たところ穴にいる幼虫も卵から孵ったばっかりだな」
その隣りの層にはたっぷりとハチミツが詰まっている。
『蜂の子か』
『美味いらしいな』
『クリーミーらしい』
『甘露煮食ったことある』
『貴重なタンパク質だぞ』
と、読み上げられるコメントを聞いて、伊那の顔から表情が消える。
「え、食べるんですか?」
「まぁ、折角だし」
「でもでも、こんなに大きいんですよ! 人差し指くらいある!」
「ウインナーだってそれくらいだろ?」
「幼虫はウインナーじゃないもん!」
「じゃあフライにしよう。フライドポテト」
「ポテトでもなーい!」
「たしかに揚げれば見た目は近くなるかも」
雲雀は昆虫食に抵抗ないみたいだ。
どこまで平気かはわからないけど。
俺も昆虫ならなんでもってわけじゃないし。
「やめて! フライドポテトが食べられなくなっちゃう!」
「わかったわかった。とりあえず蜂の子は置いとこう。今日は羊肉の照り焼きだ」
「やった-!」
冷蔵庫に入れておけば数日は持つはず。蜂の子はまた次の機会にしよう。
「さて、冷蔵庫から取り出したるは、すり下ろした果物に漬け込んだ羊肉だ」
『料理番組はじまった』
『ハジメキッチン』
『ラムチョップか』
『臭み取りのためだな』
「その通り。羊肉の独特の匂いがこれで気にならなくなる。こいつをフライパンにドーンだ」
バロメッツの羊から取ってすぐに冷凍しておいた脂身をフライパンの上で溶かし、豪快に焼き上げる。味付けは醤油と、今回の主役であるハチミツだ。混ざり合った二つが焦げ付いて照りになり、ラムチョップが色付いていく。
「よし、完成だ」
「わぁ!」
「美味しそう」
骨付きラムチョップの照り焼きだ。
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