第25話 波打ち際で
『始まったな』
『無事なようでなにより』
『二人もちゃんといるな』
『ギフトは贈れないな。エラー吐くわ』
『この配信が最近の楽しみ』
配信を始めるなりどっと人が押し寄せ、あっという間に十万人を突破する。
最近は数字の感覚が麻痺していたけど、こんなにリスナーが集まるなんて、少し前の俺には想像も付かなかったな。
『今日はなに作るの?』
「いい質問だ。さて問題、ここはどこでしょうか!」
『ダンジョン』
「エリアで答えろ、エリアで。絨毯爆撃するんじゃない」
景色がよく見えるように撮影ドローンの画角を調整すると、リスナーも答えがわかったのかコメント欄が加速した。
『青い海!』
『白い砂浜!』
『ゴミが1つもなくていいな』
『海原エリアか』
「正解」
この海原エリアには海が存在する。
当然、海中に魔物が生息しているため深度調査は難航しており、正確な深さは判然としていない。
海水は舐めるときちんと塩辛く、飲水には適さないので拠点候補地から除外したエリアでもある。
『塩、取り放題じゃん』
「と、思うだろ? 海水を蒸発させるのに何時間もかかるのに、一リットルあたり二十とか三十グラムしか取れないんだな、これが」
『コスパ悪すぎて笑う』
「個人でやるのは流石に面倒だよ」
海水に魔法を掛ければ塩分を凝固させることは出来るかも知れない。
それでも結局のところ不純物が取り除けないから食べられないんだけど。
平原エリアに集まっている連中なら、人海戦術でどうにか出来るかも。
『じゃあ何しに来たの? 海原エリアに』
「洗濯機を作ろうと思うんだ。今回の目的はその材料集め」
『洗濯機か』
『たしかにいる』
『滅茶苦茶に汚れそうだもんな、色々と』
『どうやって作るの?』
「それは後のお楽しみってことで。二人も準備はいいか?」
「はい!」
「よし、じゃあ始めよう」
寄せては返す波の心地良い音を聞きながら、白い砂浜の上に足跡を付ける。
「あーあ、サンダル持ってくればよかったなぁ。そしたら足だけでも海に入れるのに」
「作ろうか?」
「え!? いいんですか!」
「普通の靴だと砂が入って気持ち悪いしな」
異空間から取り出すのは、お馴染みのもの。
『スライムか』
『まーたスライムだよ』
『万能だな、マジで』
スライムはゴム素材の代用にもなるから用途が幅広い。サンダルも造形にさえ気を付ければ簡単に作れる。
「はい、完成」
「やったぁ! わぁ、ふよふよする! あはは! 変な感じぃー!」
「不思議な踏み心地ですね。楽しいかも」
靴と靴下を異空間に放り込み、自作のスライムサンダルに履き替えると、二人の言う通り不思議な感触がした。
普通のサンダルより柔らかく、けれどしっかりと体重を支えてくれている。
「わーい! 海だー!」
「あ、伊那! 魔物に注意しないと!」
「わかってるよーだ。大丈夫、ちゃんと確認したもん。あはっ、冷たい! 二人も早くー!」
「わかったから、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
「それ!」
伊那が蹴り上げた海水が水飛沫となって降り掛かる。それに驚いた雲雀が小さく悲鳴を上げたのをリスナーは聞き逃さなかった。
『かわいい』
『もっと聞かせろ』
『伊那ちゃんもう一回お願い』
「もう! 伊那!」
「わー! 雲雀ちゃんが怒ったー!」
結局は伊那のペースに乗せられて、雲雀も楽しそうに波打ち際で飛沫を上げる。
あんなに派手に遊んでいると魔物を呼び寄せそうだけど、今だけは大目に見よう。
まだ未成年の少女が二人、ダンジョンに幽閉されて、碌な娯楽もない環境で頑張っている。
ベテランの冒険者でも、心の折れる者はいるだろうに。
たまにはこんな息抜きも必要だ。
『海と美少女、絵になるな』
『なんでこの二人は水着じゃないんだ?』
『ハジメちゃん出番だよ』
『役目でしょ』
『サンダルが作れるんだから水着だって余裕だよなあ?』
「二人がほしいって言えばな。まぁ、そうなっても配信には映らないだろうけど」
『嘘だろ、ハジメちゃん。俺たちを裏切るのか?』
『俺たち仲間だろ? なあ!?』
『ハジメちゃんには失望しました』
『ならもうハジメちゃんの水着でもいい』
「なんでだよ。なんなら入浴シーン見ただろ、お前ら」
見せたくはなかったけどな。
「ハジメさんの入浴シーン!?」
「な、なんですか、それ」
「あーもう」
「ハジメさん、そんなにリスナーに飢えてたんですね」
「体張ってたんですねー」
「違う違うやめろやめろ、これには事情があるんだよ。ホントに」
余計なこと言わなきゃよかった。
面倒だけど事情を説明しないと、このままじゃ自分の全裸入浴シーンを好んで配信に流しているような変態になってしまう。
いや、配信に流したは流したんだけどさ。
でも違うよ、変態じゃないよ。
上裸だけだし。
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