第6話 エルフ

 ダンジョンで助けを求められることは少なくない。道に迷った時、手に負えない魔物に追われている時、大きな怪我をした時などだ。

 今回の場合はどうやら毒のようだった。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げたのは、長い黒髪の少女。

 切れ長の瞳は大人びた印象を抱かせるが、顔つきはまだどこか幼く、大人と子供の境目にある曖昧に彼女はいた。


「貴重な解毒薬なのに。なんとお礼を言えば」

「ま、人の命には変えられないから」


 市販の解毒薬も、今となっては貴重品。

 ダンジョンに閉じ込められ、外に出られないとあっては調達の術がない。

 一度使えばそれまで、補充はきかない。

 俺以外の冒険者は、だけど。


「様態は一応落ち着いてるな」


 視線をスライムベッドのほうに移す。

 この小屋の主の代わりに寝かされているのは、未だに呼吸の浅いもう一人の少女。

 解毒薬は飲ませたけど、綺麗な金髪は汗で肌に張り付き、表情は苦しそうにしている。


「なにがあったんだ?」

「えっと、毒魚を食べて」

「毒魚を? そこの?」

「はい、そこの湖の」


 なるほど。


「ちなみに十分に焼けば無毒化することは」

「はい、知っています。でも、十分に熱が通っていなかったようで……」

「そっか。それしか食べられるものがなかったんだな」

「はい……」


 食料が切れ、やむなく毒魚を口に運んだ。

 食料管理のミスは俺も昔にやらかしたことがある。二人はまだ年若いしルーキーだろう。

 新人にはありがちなミス。

 ただでさえダンジョンに幽閉されるなんて、通常では起こり得ないことも起こってしまっているし、避けられなかったことかもな。


「解毒薬で毒は抜けたけど体に負ったダメージはそのままだ。この子の治癒力を高めないと」

「ど、どうすれば」

「たしかそれらしい効果のある薬草がこの辺に生えてたはずだ。俺が探してくるから、ここで待っててくれ」

「い、いえ、なら私も!」

「その間、その子になにかあったら?」

「あっ……」

「友達が死にそうになって気が動転してるんだろうけど、一度冷静になるんだ、いいな?」

「はい……薬草、よろしくお願いします」

「よし、じゃあ行ってくる――あぁ、そうだ。そう言えば名前は?」

「あ、申し遅れました。私、澄空雲雀すみぞらひばりと言います」

「俺は津繰つくりハジメ。なるべく早く戻るから」


 留守を雲雀に任せて小屋をあとにする。

 薬草が生息しているのは、たしかエルフの里がある場所の近くだったっけ。

 うっかり縄張りに入らないように気をつけないと。


§


「あったあった」


 枯れて苔むした大木の足元に、それは真っ直ぐに生えてた。地表に出てはうねる根の隙間から精一杯、葉を伸ばしている。

 外傷を癒やしてくれる再生のポーションとは違い、この薬草を材料に加えたものは治癒のポーションと名がつく。

 治癒のポーションを飲ませれば、身体の治癒力が高められ、毒によって受けたダメージも乗り越えられるだろう。

 早速、摘んで帰ろうとしたところ。


「触れるな」


 冷たい声に制され、手が止まる。

 ゆっくりと姿勢を正して見た声の主は、金糸のようなブロンドの髪と彫刻のような美を備えた、一人のエルフの男だった。


「悪い、知らなかったんだ」

「我らの土地のものだ。何人だろうと奪うことは許されない」

「わかってる。争う気はないんだ、ホントに」

「ならばさっさと出て行け」

「あぁ、そうしたいんだけど。どうしてもこの薬草が必要でね」


 エルフな背負った弓に手をかける。


「おおっと、待った。奪う気はないんだって。だから交換しよう」

「交換だと?」

「そ、等価交換。この薬草と当価値のものを差し出す。それでどうだ?」


 エルフは少し思案した素振りを見せた。

 過去にも人間の冒険者とエルフの取引が成立した例はある。 


「内容次第だ。なにを差し出す」

「そうだな、アルミラージの肉」

「不要だ」

「焼肉のタレ」

「いらん。なんだそれは」


 美味いのに。

 それにこのダンジョンではかなり貴重だ。


「じゃあ、手作りの弓とか」

「弓?」


 反応あり。


「これなんだけど」


 異空間から手製の弓を取り出すと、離れた位置にいたエルフが近づいてくる。

 間近で見ると本当に芸術品を見ている気分になる。


「この弓を、作った?」

「あぁ、威力と精度は保証する。何なら使ってみる?」

「……そうさせてもらう」


 エルフは自前の矢を番え、手製の弓を射る。

 放たれた矢は空を覆う枝葉の天井を貫いて消え、直後には赤い色をした果実を射抜いて落ちて来た。

 俺の目には枝葉の緑しか見えなかったものだけど、流石は弓術に長けたエルフと言ったところか。


「魔物の骨に蜘蛛の糸か……いい弓だ」

「そりゃいい。エルフのお墨付きとは箔が付く。交換成立?」

「いいだろう。持っていけ」

「よし! それじゃ遠慮なく」


 今度は言葉で制されることもなく、目当ての薬草を手に入れられた。


「それじゃ、俺はこの辺で」

「待て」

「まだなにか?」

「お前の名は」

「俺の? 津繰ハジメ。ハジメ・ツクリのほうがわかりやすいか」

「ハジメ。また弓を作ったら交換に来い」

「……マジか。そんなに気に入った?」

「ああ、次も欲しいものをやる」

「はっは! わかった、また来るよ」


 エルフに背を向けて手を振り帰路につく。 

 早く薬草を持ち帰らないと。

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