第44話 次に向けて
ガラスのように透明なプレートの上で、敷かれた蜥蜴肉が音を立てる。
リスナーによれば、なんでも岩塩プレートから発せられる遠赤外線の効果で中までよく火が通るらしい。
溢れ出した脂や肉汁と岩塩が溶け合い、焼くだけで味付けが完了した。
ここに更なる味付けは不要だ。
「焼けました」
「早速食べよー!」
「いただきます」
薄切りにした蜥蜴肉。それを口へと運ぶと、角がなくどこか甘みを感じるような塩気と肉汁が舌の上に染み渡った。
「んー! ふっくらしてて美味しい!」
「脂が少なくて食べやすい」
「味付けも焼き上がりもいい塩梅だ。流石だな、雲雀」
「あ、ありがとうございます」
これまで普通に調理して食べて来た蜥蜴肉とは一味も二味も違う。同じ肉とは思えない仕上がりだ。
今度は馬肉と羊肉でも試してみたいな。
『ダンジョンで美味そうなもん食ってんな』
『俺より良いもの食ってる』
『もしやダンジョンでサバイバルしてたほうが地上で社畜するよりいいのでは?』
『隣にハジメちゃんが居ればな』
『一家に一台ハジメちゃん』
『ハジメちゃんは売り物ではありません』
「人を便利家電みたいに言うな」
でも、たしかにダンジョンに幽閉される前より美味いものを食っているとは思う。
状況が状況だから味覚が敏感になっていることを差し引いても、こんなに美味いものはたまにしか口にできなかった。
まぁ、だからと言って、幽閉されて良かっただなんてことは断じてないんだけど。
二人の手前、大人として口には出さないけど、正直に言えば家が恋しい。
必ず地上に帰らないと、雲雀と伊那を連れて。
§
「という訳で、引っ越しだ」
「引っ越し!?」
「ど、どういう訳で、ですか?」
早朝、トンカチを振り降ろして塩釜を割る。
すり下ろした大量の岩塩と卵白を混ぜたものだ。こうなる前でも勿体なくて出来なかった料理法だけど、今は大量の岩塩がある。
気兼ねなく贅沢に岩塩を使った塩釜から出て来るのは、よく火が通った毒魚だ。
たまらない、いい匂いがする。塩分を取り過ぎな気もするが、その分、汗を流せばいい。
このあとそうなる。
「そろそろ生活基盤が整って来たかなって」
「そうですね。不自由に思うことは少なくなって来ましたから」
「もうこの家から出て行っちゃうんですか?」
「最終的にはな。でも、すぐじゃない。先に候補地も見つけないとだしな」
「最低でも水辺のある場所でなくてはいけませんね」
「あと大勢の冒険者が住み着きづらいところ」
「いい条件の場所が見つかりますかねー?」
「見つけに行くんだ。そのためにも腹ごしらえ。さぁ、食べてくれ。魚の塩釜焼きだ」
「わーい!」
「いただきます」
塩釜焼きに舌鼓をうち、しっかりと腹ごしらえをしてから今日やるべきことに取り掛かる。
「直ぐに良い立地が見つかるとも限らないし、二三日は家を開けることになるかもな」
「なら、食料と水は十分に用意する必要がありますね」
「三日もお風呂に入れないのー? 耐えられないかもー」
「そう考えると本当に恵まれてるわね、私たち。毎日、露天風呂に浸かれるなんて」
「ね。ハジメさーん、持ち運びができる浴槽とか作れません?」
「持ち運びの浴槽か」
体を清潔に保つのは重要なことだし、あってもいいな。
「水源は精霊に頼めばいいし、温度調節はファイア・ドレイクの鱗があればいいから、本当に浴槽だけでいいな。というか、それも現地の木なり岩なりでどうにでもなる」
「と、言うことは! やったー! お風呂に入れる!」
「でも、毎度現地で浴槽を作っていてはハジメさんの負担になるんじゃ」
「そのくらいなら大したことないけど。そうだな、何らかの理由で魔法が使えなくなった時のことも考えとかないとな」
たとえば魔力切れ。
たとえば大怪我。
たとえば死。
ハグレることだって十分にありえる。
言い出したら切りがないけど、その辺の対策もできる限りするとして、まずは浴槽か。
「簡単なので言えばドラム缶風呂ならぬ樽風呂か」
初めに露天風呂を作ってからもう何日も日が経っている。
これまでに何度か試行錯誤して、ファイア・ドレイクの鱗を何枚連結させればいい塩梅の湯になるか、大体の見当がつくようになった。
それを活かせば水を組み入れるだけで樽風呂が成立するように出来るはず。
まずはこれを三人分、作るとしよう。
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