第13話 神樹の琥珀

「キリル殿!」

「お疲れ様です!」


 重装備のエルフは吊り橋に向かうキリルを咎めることなく、むしろ見送りさえする。

 あからさまな部外者である俺のことも訝しげな視線で見るだけで止められたりはしない。

 神聖な場所であることに疑いの余地はなく、誰もが好き勝手に入ることが出来るような場所ではないことくらい、俺にもわかる。

 これまでにキリルが誰かに伺いを立てた様子もなかったし、勝手に部外者を里に入れ、尚且つ神聖な場所に無断で案内できる立場にいるみたいだ。

 思ったよりもずっと偉いエルフなのかも知れない。


「ここだ」


 吊り橋を渡った先で目にしたのは黄金色の樹液。大樹の幹から流れ出して固形化した宝石のような琥珀だった。

 キリルは徐ろに懐からナイフを取り出すとその大きな琥珀に刃先を突き立てる。


「お、おいおい」


 戸惑うこちらを余所に、キリルは琥珀の一部を削り取った。

 拳台の大きさをしたそれはキリルの掌の上で宙に浮かび、林檎の皮を剥くように形が整えられて球体となる。

 研磨されたように艶のある琥珀玉だ。


『綺麗』

『高そう』

『いや正直、使い道ないよな』

『ダンジョンから脱出しないことには換金もできないぞ』

『異空間のこやし決定だな』

『そんなこと言うなよ!』

『眺める分には綺麗だろ!』


 リスナーはこう言っているが、とはいえ整形された琥珀からは、画面越しではわからないのかもしれないが、大樹――神樹と同質の神秘を感じる。

 ただの綺麗な宝石としての価値しかない、ということは考えにくい。


「神樹の琥珀。これを用いれば人間でも我らと同様に精霊と対話できるようになる」

「精霊と?」


 人の目には、というかエルフの目にすら映らない、生物としていいのかすら怪しげな幻想存在、それが精霊と言うもの。

 さしずめ神樹の琥珀はその通信機といったところか。


「精霊は働き者だ。物を運び、火を灯し、水を掬い、風を起こす」

「見返りは?」

「敬意と感謝だ。神樹の琥珀を毎日磨け。それだけでいい」


 キリルの掌からふわりと神樹の琥珀がこちらに渡る。ファイア・ドレイクの死体半分と引き換えに精霊と仲良く出来るってわけか。


「気に入った」


 神樹の琥珀を受け取った。


『精霊ちゃんもゴーレムちゃんみたいに酷使されるのか……』

『きっと嫌な仕事ばっかりだぞ』

『おい、誰かハジメちゃんからあれを取り上げろよ』

『精霊ちゃんをブラックから救え』

『労働組合設立が急がれるな』

「お前らなぁ……ちゃんと敬意を払うし感謝もするから」

『ブラックなのは否定しないのか』


 とにかく、交換は成立だ。


§


 ファイア・ドレイクの死体半分と神樹の琥珀を交換し、両者が納得した上でエルフの里を後にした。

 その足で無事に拠点に戻ると、早速今回の戦果を庭先に置く。ファイア・ドレイクの半身が横たわり、解体が始まった。


「しかし、デカいな。鱗を一枚一枚剥がしてたら切りがないな……あ、そうだ」

『あ』

『不味い』

『精霊ちゃん逃げて!』

「精霊、鱗取り手伝ってくれ」

『やっぱり!』


 神樹の琥珀を手に取り、精霊に呼び掛ける。

 すると尾の先端にある龍鱗が立つ。それは波打つ様に波及し、一瞬にしてすべての龍鱗が剥がれ落ちた。

 しかも集めて足元にも集めてもくれる。


「こりゃ凄い。ありがとな、精霊たち」


 敬意と感謝。

 この働きっぷりなら忘れずに済みそうだ。

 神樹の琥珀を布で磨きつつ、改めてファイア・ドレイクの死体の周囲を回って観察する。


「内臓は捨てるとして……とりあえず枝肉にしていくか」


 まずは内臓の取り外しから。

 リスナーによっては拒絶反応を示すので、撮影ドローンの画角はしばらく湖のほうへ。


「ん? おぉ、火炎袋だ」


 ファイア・ドレイクの発炎器官で、ここから発生した火炎が口腔から吐き出されている。

 幸運にも無傷の状態だし、いつか何かに使えるかもな。


「よし、内蔵処理終わり」


 次に皮を剥いで各部位ごとに解体開始。

 ナイフでは大変なので虎鶫で関節部を切り分ける。それが終わると相当量の蜥蜴肉が眼前に並ぶことになった。


「多いな、流石に」

『どうすんだよ、この肉』

『肉フェスできそう』

『蜥蜴肉ってどんな味だろ?』

『しばらくは三蜥蜴肉生活か』

「それは勘弁してほしいけど」


 腕だけでも羊一体分はあろうかという量だ。

 半分でも多すぎた。


「食いきれない分は干し肉に……でもなぁ」


 干し肉はできるのに時間が掛かるし、塩も大量に使うことになる。果たしてそれが正解なのか、微妙なところだ。


「まぁ、それはさて置くとして」

『あ、思考放棄した』

『ちゃんと食えよ』

『お残しは許されざるですよ』

「わかってるって、なんとかするよ。それより作りたいものがあるんだ」

『作りたいものって?』

『そう言えばそんな風なこと言ってたっけ』

『なに作るんだろ?』

「こいつを使うんだ」


 拾い上げるのは足元で積み重なった灼熱の龍鱗、その一枚。


「ファイア・ドレイクの龍鱗で風呂を沸かすぞ!」

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