第12話 ファイア・ドレイク
それはまだ冒険者と配信者がイコールではなかった時代。ライブ配信用のプラットフォームも小規模で配信なんて物好きの趣味でしかなかった頃のこと。
当時、仲間だったパーティーメンバーと共に一体のドラゴンを討伐したことがある。
身に纏うは幾千の刃、薙ぎ払うは大剣角。
触れるものすべてを両断するそのドラゴンの名を斬龍という。
「
異空間から抜刀したのは、斬龍の大剣角から作成した刀。
銘を虎鶫という。
斬龍の大剣角が誇る抜群の切れ味が奏でる風切り音が、虎鶫の鳴き声に似ていることから名が付いた。
龍から生じた虎が蜥蜴に負けるはずない。
「叩き斬ってやる」
ファイア・ドレイクの意識がエルフから俺のほうへ完全に移り変わる。
正確には俺の右手にある虎鶫に。
龍の一端として遥か格上の存在は、例えその一部であったとしても、畏怖せざるを得ない。
ファイア・ドレイクの口腔に火炎が渦巻く。
火の粉を散らし、吐き出された炎弾がこの身に迫る。けれど、肉を焼き骨を焦がすような灼熱は一刀の元に斬り伏せられた。
虎鶫の一閃が炎弾を断つ。
夢幻のように搔き消えたそれの向こう側を見据え、ファイア・ドレイクへと駆ける。
「俺を射るなよ!」
「誰に言ってる」
ファイア・ドレイクの意識は、依然として虎鶫に奪われたまま。先程まで戦っていたエルフも、俺すらも眼中にない。
吐き出される炎弾は無数に散る弾幕となって押し寄せ、こちらはそれを断ち切りながら更に距離を詰める。
焼けた地面を蹴り、間合いに踏み込む。
ファイア・ドレイクは虎鶫を折らんとしたのか火炎を纏う爪を大きく振り上げた。
瞬間、魔力を帯びた矢がファイア・ドレイクの瞳を射抜く。
大きく怯んだ隙を見逃す手はない。
『行け』
『やっちまえ!』
『倒せよ、ハジメちゃん!』
虎鶫の濡れたように淡く輝く刃に龍紋が走る。魔力を帯びたそれが描くのは、斬龍が放つ絶対的な一撃に同じ。
一閃は虚空を裂き、鋭く研ぎ澄まされた魔力が飛翔する。
灼熱の龍鱗にこれを防ぐ術はない。
虎鶫の鳴き声を奏で、一枚絵を裂くように、命を断つ。その巨体は左右に分かれ、永劫に繋がることはない。
ファイア・ドレイクはここに命尽きた。
『おおおおおおおおお!』
『倒した!』
『一撃!』
『ハジメちゃんってこんなに強かったのか』
『正直、舐めてたわ』
「ま、たまにはいいとこ見せとかないとな」
ただの物作りだけが取り柄のクラフターじゃないってところを定期的に見せておかないとリスナーにナメられる。
すでに手遅れかもしれないが。
「さっきはどうも。お陰でやりやすかったよ」
「なんの話だ。私は私、お前はお前で戦っただけだ。礼を言われる筋合いはない」
「あぁそう」
『オーソドックスなツンデレ』
「……意味はわからんが不快な言葉だ」
きっと意味を知ったら更に怒るだろうな。
「ちょうど縦に割れてるんだ、取り分は半々ってことで」
「お前が仕留めた獲物だ」
「こちとら一人きりなんだ、こんなに食い切れるかよ。腐らせるだけだ」
すでにバロメッツの羊も一体分狩ってある。
半分だって多いくらいだ。
異空間に入れておけば多少は持つけど、結局は食べ切れずに腐らせるのが落ちだ。
干し肉にするのも手間が掛かるしな。
「……いいだろう。等価交換だ」
「交換? いや、別に交換じゃなくても――」
「こっちだ、付いて来い」
「聞いちゃいない」
とりあえず、ファイア・ドレイクの死体を異空間に落とし、ついでに虎鶫も仕舞ってからエルフのあとを追いかけることにした。
『はや』
『置いてかれるぞ』
『案内する気あんのか』
常日頃から樹海で暮らしているエルフの俊敏性と健脚っぷりは目を見張るものがある。
冒険者として鍛えている俺でも追いつくのがやっとな速度だ。
ただ時折、ちらりとこちらを見ては足を止めてはくれる。
『待ってくれてるじゃん』
『一瞬だけな』
『優しい』
『本当に優しかったら歩幅くらい合わせてくれるんだよなぁ』
「まぁまぁ」
土地の起伏を踏み、幾千の木々の間をすり抜けてたどり着いたのは、地上から遥かに離れた頭上に位置するエルフの里だった。
木の幹を主柱に木造の螺旋階段が絡みつき、その先には里の基盤となる床木が敷き詰められている。
『すげー、エルフの里だ』
『中々これない場所だぞ』
『配信に映るのも稀じゃない?』
『招かれないと入れないからな、エルフの里って』
エルフの里に入った人間は俺で何人目だろう? きっとこんな希少な経験をした者は苦もなく数えられるほどしかいない。
「こっちだ」
長い螺旋階段を登り、エルフの里へ足を踏み入れる。
異文化の中に飛び込むと、見馴れないものばかりが目に付くもので、一番は木の幹に空いた
リースで飾り付けられた店先には多種多様な果物や茸が並び、幹には魔除けか呪いの類なのか弓と矢のマークが刻まれている。
このマークは普通の民家と思しき虚にも見られるものだった。
「おい、見ろ。たまげるぞ、キリルの奴が人間を連れてる」
「なに、あのキリルが? ホントだ……」
「あの堅物キリルがどういう風の吹き回しだ?」
やはりエルフの里で人間は目立つようで一歩足を進めるたびに人目を引いているような気がする。
有名人、いや檻の中の動物になった気分だ。
『エルフには美形しかいないってマジなんだな』
『遺伝子分けてほしい』
『たしか人間とエルフだとハーフが生まれないんだっけ?』
『そ、母体で子の種族が決まるからな。人間とエルフに限った話じゃないけど』
『どう足掻いてもエルフの遺伝子は手に入らないか』
コメント欄でそんな話題が上る中、俺たちは目的地と思しき場所に到着する。
完全な部外者な上に種族も違う俺が一目見てここは神聖な場所なのだと理解したほど、そこは厳かな雰囲気で満たされていた。
眼の前に聳え立つのは樹齢何千年かと思うような神秘すら纏う大樹。
その手前には大樹へと続く吊り橋と、重装備のエルフが二人、弓と槍を携えて立っていた。
ここに用が?
エルフ――キリルはいったい何とファイア・ドレイクの死体を交換するつもりなんだ?
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