第11話 昇る黒煙

 立ち上る黒い煙を見て一番に連想したのは火事だった。エルフの里で火事が起こったのかも知れない。

 だが、果たして本当にそうか?


『すげー煙』

『火事?』

『エルフの里が火事て』

『あいつら木の上に住んでるんだぞ。火事なんて一番気をつけてるだろうに』

『わかんねーぞ、うっかりは誰にでもある』


 リスナーの言う通り、エルフは木の上に木造の家屋を建てて生活をしている。

 その性質上、火の扱いにはかなり慎重だ。

 部外者による火器の持ち込みは当然のように禁止で、里の者だろうと成人前に火を扱うことは許されない。

 それほどまでに管理を徹底している中で、うっかり火事を起こす確率はかなり低い。

 それより――


「魔物の襲撃を受けてる、とか」 

『あー、その線もあるな』

『そっちのほうが有り得そう』

『でも樹海エリアにそんな魔物いる? いたらこの辺火の海になってそうだけど』

『どうだろ、他のエリアから魔物が渡ってくるとかざらだしな』


 たまたま別のエリアから火の魔物が入ってきてエルフの里を襲っている。

 そう考えてもやはり、エルフのうっかりよりは現実味がある。


『行って確かめればいいじゃん』

『野次馬かよ』

『不謹慎だろ』

『いや、ハジメちゃんが行けば誰か助かるかも知れん。行くべき』

『なんなら配信切っていけ』

「うーん……とりあえず行ってみるか。それで本当に火事だったら配信を切ればいいし。よし! 行こう!」


 エルフとは一度だけとはいえ接点をもったし、変わらず取引は続けたい。

 行って何が出来るかまだわからないけど、エルフの里に急ごう。


§


 黒煙の発生源へと急ぐ、その途中のこと。

 緑ばかりの視界に飛び込んでくる黒と灰。

 それは何か大きなものが通った痕跡であり、土まで焼け焦げていた。


「まだ暖かい」


 踏み締めた土から熱気が伝わってくる。まだそう時間は経ってない。ここを通ったなにかはまだ近くにいる。

 火事ではなく火の魔物の線で確定か。


「木の幹に矢が刺さってるな。エルフが戦ってたんだ」

『負けた?』

「死体がないってことはまだ戦ってるか食われたかのどちらかだ。前者を祈ろう」


 木の幹に矢が刺さってる。

 戦っているのは間違いなくエルフで、もしかしたら取引をしたあの男かも知れない。

 彼と過ごした時間は一瞬に過ぎないけど、すでに知り合いになってしまった。

 友人とまでは言わないが助けに行こう。


「――熱くなってきたな」


 焼け焦げた道を進むたびに気温が上がり、汗が肌を伝う。


「風呂が恋しい」


 焦げ臭さと煙の臭いも強くなってきた。

 そして獣の咆哮が鼓膜を震わせる。


「すぐそこだ!」


 焼けて下草から露出した地面を蹴り、進んだ先で目にしたのは、エルフと魔物の激しい攻防だった。

 火を吐き、灼熱を纏うはファイア・ドレイク。龍の一端であるその魔物が生やす龍鱗は真紅の炎を灯している。

 火の粉舞う爪撃、息吹漏れる牙撃、残炎を引く尾撃。

 いずれもまともに食らえば一溜まりもない威力を秘めているが、相手をしているエルフは――前に一度だけ取引をしたことのあるあのエルフは、そのすべてを華麗に躱していた。

 回避と同時に引き絞った弓は、俺が薬草と引き換えに渡したもの。

 放たれた矢は魔力を纏い、灼熱を貫いて龍鱗を射抜く。

 ファイア・ドレイクは痛みに怯み、短い悲鳴を上げるも、それだけ。致命傷には程遠く、命には届かない。

 戦況はエルフ有利だが、決め手にかけるといったところか。


『エルフだ!』

『初めてみた』

『ファイア・ドレイクじゃん』

『マジで美形。スタイルもヤバい』

『でっけー蜥蜴』

『あんな火の塊が樹海で暴れてるとかぞっとするな』

『戦ってる姿も絵になる』

『芸術点高い』

『10点10点10点』

「あれじゃ、いつ樹海に延焼するかわからないな。急いで片を付けよう」


 樹海エリアが燃えたらもはや手が付けられない。エルフの里はもちろん離れた位置にある拠点も危なくなる。

 大惨事になる前にファイア・ドレイクを仕留めよう。


「エルフ! 加勢するぞ!」


 叫ぶように声を張り上げ、ファイア・ドレイクの注意を引く。鋭い瞳に睨まれ、口元から火の粉が舞う。

 が、それが降り掛かるよりも早く、放たれた矢が頬の直ぐ側を通り過ぎていった。


「必要ない。去れ」

「ご丁寧な挨拶だな」


 いきなり矢を射るかね。


『は?』

『なんで?』

『ほら、エルフはプライド高いから……』

『人間の手助けなんていらないってか?』

『殺す気かよ。当たったらどうすんだ』

『いや、エルフは弓を外さないって言うし、狙って掠めさせたんだろ』

『にしてもやり過ぎ』


 まぁ、頭を射抜かれなかっただけマシか。


「意地を張る余裕があるのはいいけど、こっちもいつ延焼するか気が気じゃないんだ」

「エルフの土地はエルフが守る。人間の手など借りん」


 俺が作った弓を使ってるのに。

 自尊心の高いエルフらしいといえばエルフらしいけど。


「わかった、わかった。なら、加勢じゃなくて俺は俺の都合で勝手に戦うことにするよ」


 異空間を開く。


「ファイア・ドレイクの素材で作りたい物もあるしな」


 取り出すのは魔物の素材を元に作成した、一振りの創作武器だ。

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