第10話 掛け布団とシーツ
『おっ!』
『配信はじまた』
『生きとったんかワレ!』
『この二日配信ないから死んだかと思ったわ』
『生きとるやんけ!』
『無事で何より』
「心配かけて悪かったな。この通り元気にしてるよ」
この二日間であったこと、雲雀と伊那のことは、リスナーには黙っておこう。
どんな反応が返ってくるかは容易に想像がつく。やれソロをやめろとか、やれ二人を映せだとか、そんな感じに違いない。
『この二日間なにしてたの?』
そら、この手の質問が来た。
「実はこれを作ったんだ。見てくれ」
撮影ドローンの画角を合わせ、寝室全体を見渡せるようにすると、コメント欄がにわかに沸き立った。
『おおおおおお』
『ベッドやば』
『広くなってる!』
『デッッッッッッッッ!』
『何人寝れんだよ、最高だな』
「だろ? やっぱ一度は憧れるよな。そうだ、天蓋もつけよう!」
ベッドに魔法をかけ、天蓋を追加してみると、これがまたしっくりくる。
木目に葉っぱのカーテンがよく合い、まるで自然に溶け込んでいるようだ。
『いいじゃん』
『一晩でいいからここで寝たい』
『天蓋ってなんのためにあんの?』
『寝てるところを覗かれないようにするのと、虫を寄せ付けないようにするため』
『あー、蚊帳みたいなもんか』
これでベッドは完成だけど。
「こうなってくるとシーツとか掛け布団がほしいよな」
寝るときは下にバスタオルを敷くだけだし、掛け布団は葉っぱを編んだもの。
折角、立派な外見にしたんだ。中身もそれに伴うものでないと。
「シーツとか掛け布団を作るには布がいるよな。布……糸……毛――羊毛か。たしかここにはバロメッツがいたはず」
『バロメッツ?』
「植物だよ。そいつの実には金色の羊が入ってるんだ」
『羊の実!?』
『どんな進化の過程を経たらそうなるんだよ』
『羊の成る植物か。やばいな、ダンジョン』
羊毛が手に入れば布が作れる。
シーツも掛け布団も思いのままだ。
「よし、バロメッツを探しに行こう!」
バロメッツの生息範囲は、残念ながら頭に入っていないので、この広い樹海エリアを当てもなく探す必要がある。
なので。
「行け、ゴーレムたち」
ゴーレムたちに探させることにする。
『大丈夫? 襲われない?』
「平気平気、土塊なんて誰も食わないから」
例え、なんらかの魔物に襲われて壊されたとしても替えは効く。
これを言うとコメント欄がまた荒れそうだから心の中に留めるけど。
「さて、ゴーレムが戻ってくるまで暇だし――ん?」
先ほど出発したばかりのゴーレムたちが、なぜかはわからないが直ぐに戻って来てしまった。
「命令はきちんと通ってるはず……」
どういうことだ?
『ストライキか?』
『ほら、嫌な仕事ばっかりやらされるから』
『給料も出ないしな』
『ゴーレムの給料ってなんだよ』
『堆肥とか?』
『魔石でしょ』
『ブラックな職場だなぁ』
「好き勝手言いやがってお前ら……」
当然だけどゴーレムがストライキを起こすことなんてあり得ない。
この場合、考えられるのは何かしらのエラーが発生したか、もしくは。
「……すでに見つけてる?」
『ん?』
『どういうこと?』
「前に果物を探させたことがあるんだ。割と広範囲を歩いたはずだから、その途中で見つけていたのかも」
『有能』
『ゴーレムちゃん優秀すぎない?』
『もっとゴーレムに感謝しろ』
『こき使うな』
「いや、ゴーレムってこき使うもんだから。そういう被造物だから。存在意義を奪ったらそれこそ可哀想だろ」
働かないゴーレムにはインテリアとしての価値しかない。
「とにかく、命令変更。バロメッツのところまで案内してくれ」
改めて命令し直すと、ゴーレムたちは迷う様子もなく、十体すべてが同じ方向へと向かう。
林床の下草をゴーレムが踏み固めることで出来た道の上を歩き、
「おっ、あったあった」
それは一見して樹海エリアにはありふれたただの樹木のように見えた。
それでもここにある木々がバロメッツの群生だと確信を抱いたのは、一つだけ明らかに他の樹木とは違う点があったから。
『マジで木から羊が生えてんじゃん』
『蔓で繫がってる?』
『行動範囲狭そう』
『ホントに訳わかんねぇな。ダンジョンの環境って』
バロメッツの根本には金色の体毛に覆われた羊たちが大量にいる。それらは枝葉から伸びる蔓を介して臍と繋がっていた。
実が落ち、発芽するように羊が生まれる。
植物から生物が、なんとも不思議な木だ。
「いいね! 羊毛はもちろん解体して食料にもしよう! 行け、ゴーレム!」
十体のゴーレムたちが逃げ惑う羊たちを追い立てる。必死に逃げているけど悲しい哉、羊たちは蔓より長く移動できない。
さして時間も掛かることなく、一頭目が捕まった。
「バリカンがあればいいんだけど。まぁ、ナイフでいいか」
いつか材料が揃えば作れるかもな。
「暴れないでくれよ」
先に絞めてしまえば楽だけど、毛が刈り終わるまでに肉の質が悪くなってしまう。
血抜きも必要だし、それで折角の羊毛が汚れるのは避けたい。
「これで……よし。いいんじゃない? 綺麗に刈れた」
重さはだいたい三キロから四キロといったところ。シーツだけならこれだけでも足りそうなものだけど。
掛け布団の分も合わせてあと二体分ってところか?
いや、後で足りないなんて間抜けなことにならないように、追加でもう何体分か刈っておこう。
腐るものでもないし、使い道も色々ある。
「――ふぅ、これだけあれば足りるだろ」
『おつかれ』
『裸の羊ってこんなんなのか』
『別の生き物みたいだな』
『随分、スリムになっちゃって』
『寒そう』
合計して六体分の羊毛を刈り、一体分の肉を解体し終わる。
結構な重労働だったけど、いい汗を掛けた。
たまには戦闘以外の筋肉も使わないと。
「さてと、それじゃあ帰って――」
ふと、漂ってきたのは何かが焼ける臭いだった。最初に脳裏を過ったのは火の不始末。
今朝の焚き火が完全に消えていなかったのでは? そう危惧したがどうやら違うらしい。
枝葉に覆われた空にぽっかりと空いた穴から、黒い煙が立ち上っている様子が見えた。
「あの方角は……」
頭の中に描いた地図と煙の発生箇所を照らし合わせる。
「エルフの里……か?」
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