ダンジョンに幽閉されたクラフターによる快適サバイバル配信生活 〜最高品質のアイテム作成で拠点も武器も作り放題〜
黒井カラス
第1話 異変の始まり
「助けてください! 友人が死にそうなんです! お願いします!」
昨日、作ったばかりの粗末な小屋に響く少女の声。
鬼気迫る表情で助けを乞われ、彼女に支えられてようやく立っているもう一人の少女に目を移す。
顔は病的なほど青ざめていた。
滝のように汗を流し、息は荒い。彼女の言う通り、危険な状態だった。
「……わかった」
見捨てるわけにも行かない。
俺の主義に反するけど、彼女を助けよう。
「とりあえずベッドに」
「は、はい!」
まだ名前も知らない彼女を手伝い、少女をそっと寝かせた。
手作りのスライムベッドに。
§
この日本にダンジョンが現れて半世紀あまりが過ぎ、冒険者のあり方も随分と変わったように思う。
五十年前の当時を知っているのかと言われればそうではないけれど、それにしたって変わりすぎだ。
今や冒険者の殆どは配信者を兼ねている。
ダンジョン攻略の様子をライブ配信し、リスナーを集め、中には広告収入や多額の投げ銭によって巨万の富を築いた者も。
金になるとわかると、こぞって同じことをし始めるのが人間の性と言うもので。
冒険者界隈も例外ではなかった。
かくいう自分も配信者の一人なんだけど。悲しいことに、それほど人気はない。
『ハジメちゃんはパーティー組んだりしないの?』
丁度いい距離感を保ちつつ追従して飛ぶ撮影ドローン。その機体から音声が流れ、配信に書き込まれたコメントが読み上げられる。
ダンジョンにいながら配信ができるというのも、昔は考えられなかったことらしい。
「パーティー? 今のところ考えてないし、たぶんずっとソロのままだよ、俺」
『パーティーにいたら絶対重宝する魔法持ってるのに』
「まぁ、いくつか勧誘は受けてるけど」
『やっぱり』
「どのパーティーにも所属するつもりはないよ。一人のほうが気楽だし」
それにあんなことはもう御免だ。
『陰キャ』
「誰が陰キャだ、誰が。一人が好きなだけだ」
『陰キャはみんなそう言う』
「全国のソロ冒険者に謝れ」
全く失礼なリスナーだ。
「おっ」
目についたのは岩場に咲いた花を齧っている兎の魔物、アルミラージ。
真っ白な毛並みに赤い瞳。そして何と言っても特徴的なのが額に生えた角だ。
その肉は柔らかく、絶品だとか。角と毛皮も高値がつく。是非、狩っておきたい。
「逃がしたくないから悪いけどミュートな」
『それでも配――』
プッツリとコメントの読み上げ機能を切る。
アルミラージは非常に臆病な性格をしていて、長い耳が示すように音に敏感だ。
逃げ足も速い。
逃さないようにするには遠距離から弓で射抜くのが最適解なんだけど、生憎持ち合わせがない。
「えーっと」
周囲にあるものと言えば無数の石ころや原型がわからないほど散乱した魔物の骨、どこかの冒険者が残したであろう木箱の残骸くらい。
石を投擲するのもなしではない。
けど、殺傷能力に期待が持てないし、当然ながら弓より射程が短い点が問題だ。
近づけばそれだけ逃がす確率が高くなる。
確実に仕留めるにはやっぱり弓がほしい。
「あ! しめた、針金蜘蛛だ」
針金のように硬く、しかししなやかさも兼ね備えた糸を吐く蜘蛛。それが群れで共同の大きな巣を張り、羽虫だけでなく
この糸は弓に欠かせない弦になる。
「よし、やるか」
まずはそっと壊れた木箱に向かい、弓の形を成す木材を入手。続いて鏃となる石と、矢となる骨を拾う。
その足で針金蜘蛛の元へ。
「ちょっと貰って行くぞ」
小骨に糸を巻き付け、くるくると巻き取る。これを何度か繰り返し、十分な量を確保した。
「クラフト」
唱えるのは俺自身が持つ固有魔法。
発動したクラフトは己の存在意義を果たし、石、骨、木材、糸に変化を与え、思い描いた通りの形へと組み上げていく。
「出来た」
骨は関節のように組み合わさって耐久性の底上げとなり、木材は孤の字型となってしなり、糸はピンと張り詰めて威力を高める。
石は鋭く尖り、余った木材が細く伸びた。
弓と矢の完成だ。
「一発勝負……」
一呼吸を置き、弓を引き絞り、狙いを定め、矢を放つ。
指から離れた矢は弦に押し出され、鏃は真っ直ぐに、吸い込まれるように、アルミラージへと向かう。
風切り音が鳴り、長い耳がピクリと跳ねる。
けれど、次の瞬間には矢がその小さな体を貫いていた。 断末魔の叫びが木霊する。
その小さな体の何処から出てくるのかと思うような、鼓膜を刺すような金切り声だった。
「よっし! 一発命中!」
ミュートを解除。
『やるじゃん!』
『ウサギ肉ゲット!』
『おおおおおお!』
『やっぱ便利な魔法だな』
『ホント、ソロなのがもったいない』
コメントの称賛を浴びて上機嫌になりつつ、アルミラージの死体から矢を引き抜く。
本当は括り罠にかけて気絶させた後に心臓を突くのが理想なんだけど、こればかりはしょうがない。
毛皮の価値は落ちるけど、肉の味だけは落とすわけには行かない。
直ぐに血抜きの処置をしないと焼いたあと血が固形となって食感がザラザラしてしまう。
「これでよし」
血抜きを終えて後ろ足をロープで括る。
それから汎用魔術の一つである【異空】を唱え、空間に異空間に繋がる穴を開けてアルミラージを放り込んだ。
本当は内蔵を抜いておいたほうが良いんだけど、前にやった時はリスナーに不評だったので後に回すことにした。
異空間の時間の流れはこちらと違って遅いため、どこか危険の少ない場所に移動するくらいの時間なら問題ないはずだ。
画角の外でこっそり処理して置こう。
「さて、じゃあどこかに行って――」
『閉じ込められてる』
『中に何人いる?』
『閉じ込められたぞ』
『入口が』
『ヤバい』
『出られないってマジ?』
『出入り口いけ』
『まだ気づいてない感じ?』
「なんだなんだ?」
コメントが堰を切ったように加速し、リスナーの数を示す同時接続数も、俺の配信では類を見ないほど増えている。
いったい何が起こった?
『アンチか荒らし?』
『この規模でそれは考え難い』
『早く気づいて』
『なんか起こってんの?』
『事件?』
『みんな落ち着け、訳わからん』
『だから、ダンジョンから出られなくなったんだって』
「ダンジョンから出られなくなった?」
撮影ドローンが読み上げたコメントは、一度耳にしただけでは到底信じ難いものだった。
外界に繋がる出入り口は、ダンジョンに一つしかない。それが崩落か落盤して塞がってしまったとか?
いや、高々その程度のことでこんな右へ左への大騒ぎになるはずがない。そんなもの誰かしらの魔法で立ちどころに解決できるはず。
未だに人が増え続け、コメント欄の話題が堂々巡りになっているくらいだ。
きっと何かとんでもないことが起こっている。
「とにかく、行ってみるか」
爪先を出入り口のほうへと向け、疑問とそれに付随する不安を抱えながら歩き出した。
――――――――――
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