第15話 湯に浸かって

 水中にあっても消えない火。

 灼熱の龍鱗から発せられる熱が浴槽の温度を上昇させ、波打つ水面から白い湯気がゆらゆらと立ち上る。


「他にもまだやることがあるけど、後回しでいいや。ちょっと配信止めるぞ」

『止めるな』

『セクシーショットは?』

『サービスタイムはよ』

「男の裸体になにを求めてんだお前らは……」


 リスナーの悪ふざけは軽くスルーして配信を一時停止。衣服を脱ぎ捨てて、事前に作っておいた桶で掛け湯を済ませる。


「ふいー……」


 どっかりと浴槽に浸かると、気の抜けたような息が無意識に出てしまった。

 足され続ける水と、燃え続ける龍鱗。その二つが絶妙な湯加減となっている。

 ここから見える景色もいい。

 湖面の細波に反射する光が、こんなに綺麗に感じられるなんて思わなかった。

 これから毎日これに浸かれるのか。


「最高だ……」


 ファイア・ドレイクの熱気に当てられて流した汗と戦闘による疲労が湯船に溶けて無くなっていくみたいだ。


「はぁ……あ、そうだった」


 一時停止としていた配信を再開。

 もちろん画角は考えてある。


『お』

『再開』

『スクショタイムだ!』

「やめろ」


 事前の流れ的にこうなることはわかっていたが、折角作ったものを使用もせずに終了というのは配信者としてどうなのかと、そう思ってしまった。


「それより見ろよ、この景色! これがただで毎日だ。堪らないよな」

『でも、魔物が入って来たらどうすんの?』

「その辺は抜かりなし。ファイア・ドレイクの龍鱗が魔物を追い払ってくれるはずだから」


 魔物も勝てないとわかっている相手に好んで戦いを挑んだりはしない。一部例外を除いて、だけど。

 とにかく、龍鱗だけとはいえファイア・ドレイクの気配を感じれば大抵の魔物は寄り付かないはずだ。

 そんな気骨のある魔物がいれば、ファイア・ドレイクはあそこまでエルフの里に近づけなかっただろう。


「ふぁ……気持ち良すぎて眠気がして来たな。本格的に寝る前に上がらないと」


 浴槽で寝るなんて危険もいいところだ。


「じゃ、今日の配信はここまで。またな」

『お疲れ様』

『次も配信やれよ!』

『次も待ってるから』

『湯船でゆっくりと疲れをとってください』

『また生きて会おう』


 配信が間違いなく終了したことを確認し、もう一度だけ肩まで湯に浸かる。

 風呂はシャワーだけで済ませることが多かったけど、こうして改めて湯に浸かると、その気持ちよさに驚く。

 人間は湯に浸かるべきだ。


「……おっと、ヤバいヤバい。マジで寝るところだった」


 流石に命の危機を感じて来たので、精霊に礼を言って水を止めてもらう。

 ファイア・ドレイクの龍鱗のほうは魔法で連結を解除することで熱を下げ、水中から引き上げた。


「寝るかぁ……そうだ、キングサイズが俺を待ってる!」


 温まった体にスライムベッドだ。

 きっと泥のように眠れ、起きれば疲れがすっかり取れているはず。

 異空間からバスタオルを取り出して体の不要な水分を拭い、浴場を出てふと気がつく。

 眼の前には脱ぎ散らかされた自分の戦闘服がある。


「脱衣所忘れてた!」


§

 

 露天風呂を作ってから数日がたった。

 作り忘れていた脱衣所も増設し、新たにヒノキ風呂とサウナも追加。ダンジョンの中とは思えない入浴環境を作り出せた。


「ふいー……朝風呂最高」


 体の芯から温まる心地良さの中、ただゆっくりと時間が流れていく至福を堪能していると、どこからか人の声がした。


「あれ? いないよー」

「出かけているのかしら?」

「あ! なにか出来てる! なんだろ!」

「あ、ちょっと!」


 この声って。


「わぁ! 露天風呂だ――」

「あ」


 湖を一望できる素晴らしい景色の中に現れたのは、以前に出会ったことのある新人冒険者の伊那だった。


「あ、わ、あの、ごっ、ごめんなさい!」


 伊那はのぼせたように顔を真っ赤にすると、全速力で俺の視界から離脱する。

 角度的に考えて、いくら湯が透明でも、一般的に見せてはならない箇所は見えていなかったはず。

 はずだよな?


「……とりあえず上がるか」


§


「ほんとーに、ごめんなさい!」


 風呂から上がり、きちんと服を着て、玄関から伊那と雲雀の両名を出迎えた。

 さて、どんな態度で接しようかと思案していると、開口一番の謝罪が飛び出した。


「わ、私、知らなくて! な、なにも見てませんよ! ホントに!」

「いいよ、謝らなくて。事故みたいなもんだ」

「まったく、だからいつも落ち着いて行動しなさいって言ってるのに」

「ごめんなさーい!」


 湯に浸かりながら景色を見たいがために柵を用意しなかったのが仇になってしまったか。

 まぁ、でも、同じことはもう起こらないだろう。平気平気。


「ところで、今日はどうしてここに?」

「えーっと……」

「実はですね……」

「うん?」


 なぜか歯切れが悪くなったけど。


「私たちをここに置いてくれませんか?」

 

 

 


 

 

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