第18話 舞い散る雪
バロメッツの羊からとれた肉と、ファイア・ドレイクからとれた肉。
これらの総量は人が三人に増えても消費しきれる量では、残念ながらなさそうだった。
腐らせてしまうくらいなら日持ちのする干し肉にしたほうが絶対にいいのだけれど、仕込みに塩を使う関係上、手持ちだけではそれほど多くは作れないし、今後の食事の幅も減る。
と、言うわけで急遽、冷蔵庫が必要になった。
「わぁ! 見て見て! すっごく綺麗だよ!」
「ほんと、良い景色ね。どこを見ても真っ白」
樹海エリアを抜けて洞窟のような岩肌の仄暗い通路を渡った先に雪原エリアはある。
一面に広がる銀世界は溶けることなく、降り積もる雪ははるか上空にある天井から絶え間なく降り注いでいた。
「天井まで真っ白! あれが
「そ。花粉の代わりに雪の結晶を撒いてる摩訶不思議なダンジョンの花だ」
「花粉とは思えませんね。ちゃんと冷たいのに」
「あ! 花粉症になっちゃうかも!」
「大丈夫。そんな話は聞いたことないから」
「そうなんですか? よかったぁ」
初めてこの雪原エリアに足跡を付けた冒険者も、伊那と同じことを思っていたかもな。。
いや、その時点では雪の正体が花粉だなんてわかってないか。
でも、この事実に気がついた最初の人は同じ発想になったかも。だとしたら面白いんだけどな。
『雪だるま作ろう』
『雪合戦しようぜ!』
『かまくらだろ、かまくら』
「子供か、お前ら。気持ちはわかるけど!」
住んでいる地域にもよるけれど、雪が積もることなんて今日日滅多にないことだ。
些か子供心が擽られてしまうのもしようがない。けど、俺たちは冒険者だ。いつどこから魔物が現れるとも知れない状況で雪遊びをするなんて、そんなこと。
「あのー、ハジメさん」
「ん?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけですから、遊びませんか?」
「伊那。だけど、どこに魔物が潜んでるかわからないんだぞ?」
「そうですけど……」
「雲雀からもなんとか言ってくれ」
「え、えっと」
あれ? 歯切れが悪いな。
いつもなら伊那を叱りつけているのに。
まさか。
「もしかして雲雀もか?」
「すこしだけ、ほんのすこしだけですよ? 楽しそうだなって」
雲雀がそっち側につくとは予想外。
『いいだろ、すこしくらい』
『遊べ遊べ』
『自分だって初めての時ははしゃいでただろ』
「あっ、コラ」
そんな昔の話を。
「そうなんですか? ハジメさんって意外と……」
「じゃあ、私たちも楽しんじゃっていいですよねー?」
「……ちょっとだけな」
「やったぁ!」
こうなってはしようがない。
自分は良くて二人は駄目とは言えなかった。
「見張りにゴーレムを置いとくか」
『またゴーレムちゃんが酷使されてる』
「今回はお前らが望んだ結果だからな」
雪遊びの邪魔にならないようにある程度距離を置いて配置。一定間隔を保ちながら周囲を警戒するよう命令しておいた。
なにかあれば俺に伝わるようになっている。
「雲雀ちゃん雲雀ちゃん、それ!」
「きゃっ、やったわね。えい!」
「わっぷ!?」
二人の雪合戦の様子を横目に、ゲレンデの白に紛れて魔物が居やしないかと注意を払う。
配置した十体のゴーレムよりも早く見つけられるのが理想だけど。
「ハジメさんもやりましょーよー。楽しいですよ?」
「いや、俺は」
「雲雀ちゃん、やっちゃえ!」
「そ、それ!」
雲雀の放った雪玉が真っ直ぐに伸び、俺の顔面に直撃する。
「雲雀ちゃんやーるー」
「か、顔に当てるつもりは……」
なるほどなるほど。
「よーし、いい度胸だ。雪玉の嵐をお見舞いしてやる!」
「わー! 怒ったー!」
「ご、ごめんなさい!」
走りながら一瞬だけ身を屈めて足元の雪を掬い、玉にして二人に投げつける。
参加する気はなかったけど、折角なら二人みたいに楽しもう。
ゴーレムの警戒になにかが引っかかるまで。
『青春してんねぇ』
『俺もこういう経験したかったな……』
『地上には雪も友達もない』
悲しい現実がコメント欄に流れている。
俺も地上じゃ似たようなもんだけど。
「はぁ……はぁ……ハジメさん強すぎー」
「こっちの雪玉は全然当たらないのに」
「はっはっは、年季の差だ」
「おじさんくさーい」
「俺はまだ二十代前半だ」
おじさんじゃない、お兄さんだ。
「雪合戦はもうおしまい! 雪だるま作ろ!」
「そうね。雪に厚みもあるし、綺麗な雪だるまが作れそう」
「顔はどうする? なにかあったかな?」
「雪の下に石くらいはありそうだけど」
手の平サイズの雪玉を転がしながら相談する二人の様子を眺めていると、ふとゴーレムの警戒網に何かが引っかかる。
すぐに意識をそちらに向けると、遠くに幾つかの影が見えた。
「なんでこんなところにゴーレムがいやがるんだ?」
人間、冒険者だ。
彼らも平原エリアからこの雪原エリアに来ていたのか。
面倒なことにならないといいけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます