第8話 焚き火を挟んで
「例えば、そうだな……なにか壊れたものとかある? 直せそうにない物がいいな」
「壊れたものですか?」
「直せそうにないもの……そうですね」
雲雀の側に異空間が開き、取り出されたのは一振りの剣。鞘に収まった刃が引き抜かれると、それは半ばから折れてしまっていた。
その剣はもはや役目を果たすことが出来ない状態だ。
「あー、これかぁ。魔物の攻撃を防いだら折れちゃったんだよね、たしか。なんて魔物だっけ?」
「ハンガー・ジョー。今の私たちじゃ到底敵わない相手だったでしょ」
「そうだっけ? んー……あー! 思い出した! あれはヤバかったね。死んじゃうかと思ったもん」
「実際、九死に一生を得たのよ、私たち」
ハンガー・ジョーと遭遇したのなら、たしかに今生きているのが不自然なくらいだ。
ベテランの冒険者でも不意に遭遇した場合は逃走を選ぶ。
ましてや新人が遭遇した場合は雲雀の言う通り十中八九噛み殺される。
剣を一振り折っただけで二人とも生き残れたならかなりの幸運だ。
「その剣、ちょっと貸してくれる?」
「はい、構いませんけど」
「なになに?」
折れた剣を鞘に戻し、魔法を掛ける。
「クラフト」
再び鞘から刃を抜けば、剣は剣としての役目を取り戻していた。
「折れた剣が……繋がった」
「わぁ!」
作ることと直すことなら朝飯前だ。
「繋ぎ目もない。こんなに綺麗に直るなんて」
「凄い凄い! こんな感じでこの小屋も作ったんですね! 便利な魔法だ!」
「そういうこと」
復活した剣を雲雀に返すと、面の部分を指先でなぞったり、爪先で弾いてみたり、色々と試している様子だった。
「でも、勿体ないなー。その魔法ならきっと厚遇されますよ。やっぱり、私たちと一緒に行きません?」
「行きません」
「フラレちゃった! がーん!」
おちゃらけた風に、わざとらしく、伊那は言ってみせる。
「さぁ、おしゃべりは終わりだ。病人は寝る」
「はーい」
全身をスライムベッドに預けた伊那は、気丈に振る舞っていても体は正直なもので、そのまま直ぐに寝息を立てた。
やはりまだダメージが回復し切っていないみたいだ。
「ありがとうございます、ハジメさん。貴方がいなかったら今頃私たちは……」
「冒険者は助け合いだ。いつか俺が困ってたら助けてくれ。それでいい」
「……はい。その時は必ず」
ダンジョンから出られない以上、その時は必ずくる。案外、生死を分けるのは自らがしてきた行いなのかも知れない。
情けは人の為ならず、だ。
「俺たちも飯にしよう。取って置きの肉があるんだ」
「では、準備は私にやらせてください」
「そう? じゃあ頼んだ」
新人であっても立派な冒険者とあって、雲雀の手際はいい。メタルマッチで直ぐに火がついて火力が安定する。
準備が整えば主役の出番。
石を積み上げて作った竈に網を乗せ、昨日食べ切れなかったアルミラージの肉を焼く。
火力の維持はゴーレムにお任せ。
「かわいい……」
ふとゴーレムを見て、雲雀が呟く。
「気に入った?」
「聞こえてっ――は、はい……」
「そっか、そりゃよかった」
雲雀の頬が紅く染まったのは焚き火のせいってことにしておこうかな。
「焼けたかな? よし、いい感じ。雲雀はタレ派? 塩派?」
「タレ? タレがあるんですか?」
「あぁ、リスナーからのギフトでもらったんだ。稀にしか贈れないみたいだけど」
「なるほど……ハジメさんは配信者でもあったんですね」
「雲雀は違うのか」
「はい。私たちはまだ駆け出しなので、もっと立派になってからにしようって」
「まぁ、初配信でぐだぐだやってるとリスナーが付かないからな。いい判断だと思うよ」
知らない配信者の、それも初配信をわざわざ見ようとする人は少ない。
その上、ぐだぐだ配信なんてやろうものなら目も当てられないような惨事になる。
そうやっては散って行った配信者を何人も知ってるし、なんだかんだ配信を続けられている俺は恵まれているほうだ。
「肉が焦げるな。それで、どっちだっけ?」
「あ、私は塩で」
「雲雀は塩派か」
うちのリスナーと気が合いそうだ。
「いただきます」
軽く塩が振られたアルミラージ肉が口に運ばれる。すると、途端に雲雀の表情がふわりと華やいだ。
「美味しい……」
「だろ? 伊那の分は除けてあるから遠慮せずに食ってくれ」
「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」
実年齢よりも大人びて見える雲雀も、美味しいものを食べて幸せな気分でいるうちは年相応の少女に見える。
歳はそんなに離れていないはずだけど、まだまだ二人は子供だ。
そんな子までダンジョンに幽閉されて外に出られずにいる。
「どうかしましたか?」
「ん? いや、なんでもないよ。ほら、こっちの肉も食べごろだ」
自身が置かれている状況を改めて認識しつつ、空いた網に新しいアルミラージ肉を敷く。
俺の主義を変えるつもりはない。
けど、自分が許せる範囲、妥協できる範囲で、困っている新人の手助けくらいはしよう。
無事に外の世界に帰してやるためにも。
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