無位、篁(7)
人が集まっていた。
大内裏にほど近い左京三条通に面した場所に
「小野殿、こちらじゃ」
逸勢の従者に屋敷の中へと篁が案内されると、先に来ていた
健岑の顔を見ると、先日会った時よりもどこかやつれているようにも見えた。
篁は健岑に無言で頭を下げ、挨拶をする。
その健岑の隣には見覚えのある女性が座っていた。
これはどういう集まりなのだろうか。何の説明もされずに招かれた篁は困惑を覚えながらも、指示された席に腰をおろした。
篁と同じように呼ばれた人間は、もうひとりいた。
健岑はちらりと雄貞のことを見たが声を掛けることも無く、すぐに目をそらしていた。健岑の陰陽師嫌いもかなりのものらしい。
「皆、お揃いのようじゃな」
ようやく姿を現した逸勢は、家の者たちに膳を運ばせると篁たちの前に食事を置き、盃には酒を満たした。
「逸勢殿、本日はどのような集まりなのでしょうか」
痺れを切らしたかのように健岑が言う。どうやら健岑も本日この場所に呼ばれた理由をしらなかったようだ。
「そう焦らずとも、いま話そうかと思っていたところじゃ。まずは、篁に東宮様が見られたという鬼の正体について話したもらおうかと思うが……」
ちらりと逸勢は篁へと視線を送る。
やれやれ、こんなに大袈裟にせずとも皆に報告はしたものを。篁は心の中で苦笑いを浮かべてから、口を開いた。
「わかりました。では、小野篁より、
改めて篁はそう告げてから、鬼の正体についてを語って聞かせた。
東宮様が見たとされる両面の鬼とされるもの。それは鬼では無かった。
そう篁が報告をすると、一同から安堵のため息が漏れた。
特に藤民部などは、いままで暗かった表情が晴れやかになり、口元には笑みが浮かぶほどであった。
当時は鬼や物怪のような正体不明のあやかしを見ると死ぬという噂もあった。特に百鬼夜行などは見た者の命を奪っていく、物怪たちの行列として有名である。
「このようなことを聞いても良いのかわからぬが、鬼でなければなんだというのだ、小野殿」
そう言ったのは、健岑である。
「内裏に住む神獣です」
「神獣じゃと?」
「はい。内裏は神獣によって守られた神聖なる場所。此度のことを陰陽師である雄貞殿に占っていただきましたところ、吉兆を現す輝きが見えるとのことでした」
篁がそう言うと、雄貞は無言でうなずく。
「そうか、そうか。それは良かった。このところ、淳和上皇が体調を崩され、嵯峨上皇も続くように体調を崩されておったので心配しておったのだ」
逸勢が嬉しそうに言った。
「して、その神獣は何という名なのじゃ」
「それはですね……」
篁はその名前を口にしようとしたが、何も思い出すことができなかった。
その様子を見ていた雄貞が助け舟を出すかのように口を挟む。
「陰陽道では東西南北に神獣がいると考えております。北の玄武、南の朱雀、東の青龍、西の白虎にございます」
「ほう、では東宮様はその神獣たちに守られておるというわけじゃな」
健岑もどこか安心したような口調でいう。
「さよう。ですから、東宮様に危害を加えようとする物怪などは、内裏にはおりませぬ」
「そうか、そうか。良かった、良かった」
逸勢は満足そうに頷くと、酒の入った盃を呷った。
これですべてが丸く収まった。
そう思えたが、事は動き出そうとしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます