無位、篁(2)
古井戸へと飛び込んだ篁の身体は、一瞬ではあったが宙に浮いていたが、すぐに足が地についた。
暗闇の中。遠くの方に青白い炎が見える。鬼火だ。
そして、その鬼火に照らされるようにして、巨大な赤い門が姿を現す。
冥府の門。そう呼ばれている門の脇には、馬の頭をした鬼の
「
牛頭が親しげな口調で、篁へと話しかけてくる。
「ああ、毎夜暇でな」
篁も親しげな口調で牛頭に返す。
「職が無いというのは、つらいのう、篁」
「別に職が無いというわけではないのだよ、馬頭。官位がないだけだ。仕事はいくらでもある。ただ、いまは閻魔の仕事を引き受けているから、朝廷の仕事は休んでいるだけだ」
「そうなのか?」
牛頭が馬頭に聞く。
「篁がそう言うのであれば、そうなのだろう」
「そう言うことだ。門を開けてくれ」
篁は微笑みながら牛頭馬頭に言うと、牛頭馬頭はふたり同時に頷いて門扉を開けるための位置に着いた。
赤門は巨大な門であった。大きさは、羅城門の倍はある。その鉄で出来た門扉を開けるのが牛頭馬頭の仕事であった。
ふたりは足を踏ん張り、力を込めて門扉を押し開ける。
赤門の向こう側。そこには冥府裁判所と呼ばれる場所が存在していた。
死んだ者たちの魂は、まず冥府裁判所で行き先を決められる。行き先を決めるのは閻魔大王であり、生前に積んだ徳によって、その行き先は変わるそうだ。
行き先については、
六道辻の六道もこの六道から名前が来ており、昔から
このところ、
その様子を見た篁は、当分、閻魔大王の手も空かないだろうと考え、別室で待つことにした。
冥府で篁のことを知らない者はいなかった。
最初見た時は篁も驚かされたが、今となってはそれが当たり前のように思えており、何の違和感もなく彼らと話をすることができていた。
「すまん、待たせたか」
しばらくして部屋に入ってきたのは、赤ら顔の大男であった。顔の下半分を覆うようにごわごわとした髭を生やしており、黄色く濁った巨大な目をしている。この大男こそが冥府の王である閻魔大王であった。
「待っていないさ。大丈夫だ。それよりも、忙しかったのではないのか」
「まあまあだ。このくらいは、問題ない」
「そうか、それならば良いのだが」
篁が微笑んでそう言うと、閻魔は篁の正面にある
「それで、例の件はどうだった」
「猫のあやかしであったよ。唐では、猫のあやかしに取り憑かれた人間が人殺しをしたという話もあるそうだ」
「ほう。それで、その猫のあやかしを篁はどうしたのだ」
「ここに」
篁はそう言って、腰にぶら下げていた瓢箪を机の上に置いた。
それはただの瓢箪ではなかった。唐の国の術師が、術を施してあやかしを閉じ込められるように細工した瓢箪である。
篁はこの瓢箪を閻魔より渡されていたのだった。
「捕まえたというわけか。そうか、そうか。助かったぞ、篁」
篁の仕事。それは閻魔大王の補佐であった。
ここのところ、閻魔大王は冥府裁判所の仕事に追われており、それ以外の仕事へ手が回らなくなっていた。
今回、篁が請け負った仕事は冥府から脱走した猫のあやかしを捕らえてくるというものであった。
猫といっても、あやかしであり、体長は六尺六寸(約2メートル)と篁よりも大きい。しかも鋭い爪と牙を持っており、場合によっては人を襲ったりもする恐れがあった。そのため、閻魔大王は篁に冥府から脱走した猫の捕獲を命じたのである。
「今度は逃がさないように、きちんと飼育してくれ」
「わかった」
閻魔大王はそう言うと、瓢箪の振って中身を出して見せた。
すると巨大な黒猫が姿を現した。ここまで大きいと猫というよりも虎に近い。
その猫は閻魔大王の纏わりつくようにしながら一周して見せると、倚子に座る閻魔の膝の上に収まった。
「また、何かあったら仕事を頼むかもしれん」
「ああ。待っている」
篁はそう閻魔に言うと、冥府を後にした。
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