無位、篁(3)
その日、篁の自宅を客人が訪れていた。
ひとりは年嵩で白髪の小さな男であり、もうひとりは細面で口ひげを生やした中年の男であった。
白髪の小さな男は篁と面識あるらしく、親しげに会話を弾ませていたが、細面の中年男はふたりの話を黙って聞き、時おり、あばら家である篁の家を物珍しそうな目で見ていた。
しばらく篁と白髪の男が話をして、その話がひと区切りついたところで、ようやく細面の中年男は口を開いた。
「小野殿は、東宮学士をやっていたことがあったな」
「以前、
「では、恒貞親王の覚えめでたいというわけだな、小野殿」
「どうでしょうかね。いまの私は無位でありますし」
「そう謙遜するでない、篁」
白髪の男が口を挟むように篁へいう。
この日篁を訪ねてきた客人、それは
逸勢とは以前より親交があり、篁にとって逸勢は気軽に話のできる年上の友人という感じであった。
伴健岑とは、朝廷勤めの頃に顔を合わせたことはあったが、このように言葉を交わすのは初めてのことであり、なぜ逸勢が健岑を連れてきたのかと疑問に思っていた。健岑の現在の役職は、
いつもと変わらず、散歩のついでにふらりと寄ったといった感じで篁のところに顔を出した逸勢であったが、連れの健岑の顔を見て篁は、なにやら面倒ごとでも持ってきたかなと思っていた。
「最近、妙な噂が
「
篁は苦笑いを浮かべながら、健岑の言葉に答えた。
「実はな、東宮様が内裏で物怪を見られたと言っておってな、それ以来、物怪の影に怯えておられるようなのだ」
「そういったことでしたら、私などよりも
きな臭い話だ。篁はそう思いながら答えた。
陰陽寮とは、
「怪しい術など、私は信用できないのだよ、小野殿」
健岑は吐き捨てるように言った。
健岑の役職である春宮坊帯刀舎人というのは、東宮(皇太子)の護衛役であり、
「小野殿は、物怪を太刀で斬られたことがあると聞き及んでおる」
「そのような噂があるのですか……」
篁はそういって、ちらりと逸勢の方をちらりと見たが、逸勢は
「して、東宮様が見られた物怪というのは、どのようなものなのでしょうか」
「それがな……小さな鬼だというのだ」
「小さな鬼ですか」
「ああ、それも前と後ろの両方に顔があったそうだ」
「両面……」
篁はそう自分で呟いて見て嫌な予感を覚えた。
両面の鬼には、覚えがあった。かつて
「両面の鬼とは奇妙なものよのう」
逸勢が呑気な声を出す。
「して、私に何をしろと言われるのでしょうか」
「なに、簡単なことよ。東宮様の不安を取り除いていただければ良いのだ。別に鬼退治などを小野殿に頼むつもりはない。そういうことは、陰陽寮の連中がやれば良いことだ」
「はあ……」
健岑が何をしたいかということは理解ができた。鬼を払ったということにして、自分の名を東宮様に覚えてもらい、出世の糸口としたいのだ。
しかし、それは頼む相手を間違っているというものだろう。現在の篁は無位で庶民と変わらぬ状態である。内裏おろか、大内裏にすら入ることの許されぬ立場なのだ。
「その小さき鬼というのは、東宮様以外に見られた方はおられるのでしょうか」
「東宮様のところに仕えておる
「さようでございますか……」
どうしたものか。篁は悩んでいた。この話に首を突っ込んでも良いものなのだろうか、と。きな臭い話ではあるが、東宮様が見たという小さな鬼についても気にはなる。それにもし東宮様に危害が及ぶようであれば、それはそれで問題であろう。
「……では、その女房に話を聞かせてはもらえぬでしょうか」
篁がそう言うと、逸勢と健岑が顔を見合わせた。
「なんでございましょうか」
「いや、こちらに来る前に逸勢殿に聞いておった通りだと思ってな」
「どういうことですか」
「篁は必ずや解決策を導き出してくれると、健岑殿に言ったのじゃよ」
逸勢は笑いながら言うと、満足そうに自分の膝を叩いた。
そうか、逸勢に
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