参議篁(10)
その年の正月は雪が舞っていた。
雪はあっという間に積もり、
大雪であるということから、正月恒例の朝賀は取りやめとなり、午後から帝が紫宸殿に出て、侍従以上の者たちと宴を行った。正月になると、帝は連日の宴を開く。宴に参加するのは朝廷の官職たちであり、身分ごとで宴が行われるため、帝はその宴に連日顔を出すという多忙な日々を送るのであった。
この宴はただ単に帝が酒を振る舞ったり、歌会を開いたりするというわけではなかった。宴の目的は、帝による
侍従以上の者たちの宴を終えた数日後には、今度は五位以上の官位を持つ者たちを紫宸殿に招き、再び宴を行い、またその数日後には群臣たちを呼び宴を行うのだった。
しかし、この年の正月の宴では、篁に対する詔は行われなかった。
今年も出世は無かったか。篁はそう諦めていたのだが、宴の翌日になり、帝より再び紫宸殿への呼び出しがあった。
篁が急ぎ紫宸殿に向かうと、そこには帝以下、朝廷の重臣たちが集まっており、そこで篁は帝より参議の詔を受けたのだった。
一度は刑部大輔までなったものの、反逆の意思ありということで流罪となり、官位、役職、禄などのすべてを失った。そこから再び這い上がり、ここまで来たのだ。長い日々だった。ここまで来ることが出来たのも、自分を支えてくれた周りの人間たちのお陰だと篁は思っていた。
宴では友である、藤原良房や在原行平、業平兄弟などが祝いの言葉を述べ、篁は目に涙を浮かべながら、自分が参議になったのだという喜びを噛み締めた。
翌日、篁は家族に見送られながら、屋敷を出た。
向かう先は、大内裏ではなく、かつて
平城京は嵯峨天皇の頃に起きた薬子の変以降、
篁の向かう先は、その平城京にほど近い場所にある古墳であった。
吉備塚古墳。そう呼ばれる古墳であり、そこは吉備真備の墓とされていた。
あの日、真備のことを斬った篁は、その亡骸を吉備塚古墳へと運び、葬ったのだ。おそらく、この古墳には過去の吉備真備の亡骸も葬られているはずである。
吉備塚古墳は周りを雑木林に囲まれた、とても静かな場所だった。
篁は馬を降りると、古墳の前に座り、持ってきた酒をそこに置いた。その酒は、真備が好んで飲んだものだった。
「真備よ、私は参議となったぞ。お前にはまだ及ばないが、すぐに追いつくだろう」
そう真備に語りかけると、ふたつの盃に酒を注ぎ、篁はそのひとつを飲み干した。
いつもであれば、篁の腰にあるはずの鬼切羅城の太刀はなかった。いまあるのは、参議を命じられた際に帝より送られた、装飾の多い飾り太刀である。
鬼切羅城は、真備の心の臓を貫いた後、その役目を終えたかのように蒼き輝きを失い、刃が砕け散ってしまったのだ。
「在原業平は蔵人に命じられ、行平は右近衛少将になったわ。在原兄弟は、これからの朝廷に必要な存在だな」
篁はそう言うと立ち上がり、残った酒を吉備真備と書かれた石標に注ぎかけた。
おそらく、もうこの場所に立ち寄ることはないだろう。真備に対する未練のようなものは断ち切らなければならない。篁はそう考えていた。
「さらばだ、真備」
呟くように篁は言うと、吉備塚古墳に背を向けた。
風が吹いた。寒風が篁の着る束帯を揺らす。
どこかから、鈴の音が聞こえたような気がして、篁は振り返った。
「
振り返った篁の耳には、そんな声が聞こえたような気がした。
足を止めた篁は振り返ってみたが、ただ吉備真備と書かれた石標があるだけだった。
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