承和の変
承和の変(1)
小野篁が
刑部省で復職の挨拶を済ませた篁は、その足で妻である
妻の屋敷の前に篁が立つと門のところにいた家人が驚き、慌てて篁を屋敷の中へと案内した。
普通の貴族であれば牛車などを使い、妻のもとへと通うのがこの時代の常識であるが、小野篁という男はそういったところにこだわらない人間だった。できるだけ質素倹約を心がけ、牛車などは本当に必要な時以外は使わないのだ。
「篁様……」
ひさしぶりに篁の顔を見た藤は大粒の涙をこぼしながら、篁のことを迎え入れた。
しばしの妻との抱擁をし、続いて子どもたちとの再会を果たした。
小野篁には、記録に残されているだけで子が六人いる。おそらく当時の記録なので、子息だけしか書かれておらず、他にも子女がいたはずである。当時の貴族は一夫多妻が認められており、多くの貴族に複数の妻がいたとされている。しかし、篁に限っては、妻の記録が藤原三守の娘と、この物語でいうところの
せっかく篁の子どもについて触れたので、脱線ついでに子どもたちについても書いておきたいと思う。
長男である
美材も大内記となったが、その名は書や漢詩、和歌で残されている。書に関しては、大内裏の西面三門の額字を書いたとされており、和歌に関しては古今和歌集にその歌が残されている人物である。
次男の
小野小町に関しては諸説あり、篁の娘であったという説もあるが、篁の年齢からしても小町の年齢とは計算が合わないので、良真の子と見る方が正しいと考えられる。小町については、ここで書く必要が無いくらいに有名な歌人であり、篁の和歌の才能は小町が受け継いだといっていいだろう。
三男の
好古は、武人としてその名が知られており、
またその弟の道風は和様書道の基礎を作った人物とされており、書の天才として三跡のひとりとして数えられている。
四男の
五男の
六男の
このように小野篁の息子六人については記録が残されており、またその孫たちに関しては篁の才能を引き継いで各方面でその名を残していたりするのであった。
閑話休題。
妻と子どもたちとの再会を果たした篁は、しばらく藤の屋敷で過ごしたあと夜中にこっそりと姿を消した。
いつものことだ。藤は
屋敷を出た篁は自宅へは戻らず、そのまま朱雀大路を真っ直ぐに進んだ。
羅城門を通り抜け、外界へと出る。
誰かに見られている。それは
鳥辺野は
これは無視をしよう。篁はそう決め込んで、視線に気づかぬふりをして歩みを進めた。
六道辻に差し掛かる道を歩いたところで、篁の目の前を何かが横切った。
それは白い霧のようなものに包まれた光のように見えた。
この時ばかりは篁も足を止めたが、それが一匹の狐であるということに気づき、篁は口元に笑みを浮かべた。
何を警戒しているのだ。物怪の類かと思い、神経を尖らせていた自分を篁は笑った。
その狐は白い毛をしており、月明かりをまとうように輝いて見えた。
なんと美しい。篁がそう思いながら狐のことをじっと見ていると、狐もじっと篁のことを見ていた。
しばらく狐は篁のことを見ていたが、急に興味を失ったかのように視線を外すと、茂みの中へと消えて行ってしまったのだった。
不思議な狐よ。篁はそう独り言をつぶやくと、何事もなかったかのように六道辻にある珍皇寺の境内へと入っていった。
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