無位、篁(8)
その話は無位である篁の耳にも入ってきた。
体調を崩されていたという話は、
東宮であられる
ただ、恒貞親王を東宮とするように強く推したのは、
恒貞派は春宮坊帯刀舎人である
恒貞派の母体としては、淳和上皇派が存在していた。淳和派には大納言である藤原北家の
篁は特にどこかの派閥に属しているというわけではなかったが、かつては嵯峨上皇からの寵愛を受けており、嵯峨派であるという見方をされている。しかし、篁を無位とし隠岐へ遠流にしたのも嵯峨上皇であり、篁も特に嵯峨派であるという意識はしていなかった。
嵯峨上皇は現在の
崩御された淳和上皇は、嵯峨上皇の弟であった。嵯峨上皇はかつて
恒貞親王が東宮となった際も、父親である淳和上皇は恒貞親王の東宮を否定したのだが、嵯峨上皇の鶴の一声で決まっていた。
嵯峨上皇を支える嵯峨派の中でも、特に目立った存在の人物がひとりいる。中納言、
そんな藤原良房が篁のもとを訪ねてきたのは、淳和上皇が崩御されてから数か月後のことであった。
良房と篁。ふたりには面識があった。かつては大内裏で顔を合わせることも多く、歳も近いことから、よく話をしたりしていた。また、共に嵯峨上皇に可愛がられていたという点では同じである。
ただ、篁の場合は、その反骨精神が仇となり遠流にされるなどといったことがあったが、篁はそのことで嵯峨上皇を恨んだりはしてはいなかった。
「久しいな、篁」
篁のあばら家を気にすることも無く良房は床に座ると、土産だと言って酒の入った小ぶりの
椀を用意した篁はその酒を注ぐと、夕食のためにと買っておいた川魚の干物を肴として良房に出す。
「最近はどうだ。忙しいのか、良房よ」
「まあまあだ。色々と面倒ごとが多いかもしれないな」
良房は含みのある言い方をする。
「私のように無位であれば、一日中好きなことをやって過ごせるぞ」
篁はそう言って笑ってみせる。
「その話だが、篁の耳に入れておこうと思ってな」
「なんだ?」
「近々、お主の復位が行われるとのことだ」
「本当か」
思わず篁は身を乗り出すようにして、良房に問う。
「ああ。冗談が好きな私でも、こんな冗談を言ったりはしないさ」
「……そうか」
その良房の言葉を聞いた篁は、感慨深い思いに浸っていた。
隠岐への遠流を許され、
「きょうは、その前祝いだ。飲もう」
良房はそう言って篁の椀に酒を注いだ。
椀を持った篁は、それを一気に飲み干すと、あばら家の天井を見つめた。
また朝廷に戻ることができる。
その嬉しさを篁はゆっくりと噛みしめるのだった。
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