余談、吉備真備について

 今更ながらだが、まず書いておかなければならないことがある。

 この物語は歴史ファンタジーである。そのことを念頭において読んでいただきたい。

 歴史上で発生した出来事などを軸として、ファンタジーとして物語を描いている。そのため、登場人物たちの名前や役職、官位などは歴史に沿ったものだったりしているが、性格や発言、またまたバトルシーンなどはファンタジーだと思っていただきたい。

 なので、日本史の授業で小野篁が出てきて、全然違うじゃないか!ってならないでいただきたい(そもそも日本史の授業に小野篁は出てこない。出て来たとしても百人一首の参議篁である)。


 吉備きび真備まきび。まるで早口言葉のような名前の人物である。この人物は、歴史上に実在した人物であり、作者の創作ではない。ただ小野篁の時代ではなく、それよりも100年近く前である奈良時代に活躍した人物だった。


 元の名は、下道しもつみちの真備。備中国下道郡を領地としていた豪族の出身である。その後、真備は出世して吉備地方を代表する大豪族となったため、氏姓を吉備と改めた。


 真備は、遣唐使で唐へ二度渡っている。

 最初の遣唐使では、留学生として阿倍あべの仲麻呂なかまろらと共に入唐を果たし、18年間を唐で過ごした。

 この際に、真備と仲麻呂は留学生として優秀であると唐側からも称賛されていたという。そして、仲麻呂は唐の科挙(上級役人試験)に通り、唐に残った。


 帰国後の真備は順調に出世を果たし、時の右大臣であったたちばなの諸兄もろえの右腕として活躍した。

 しかし、この吉備真備の出世を良く思わなかった人物がいた。それは藤原ふじわらの広嗣ひろつぐだった。広嗣は朝廷に対する不満をぶつけ、大宰府で反乱を起こすが、部下たちの裏切りにあって、その乱はすぐに鎮圧される。

 真備は、このまま順調に出世を重ねていくかと思われたが、藤原ふじわらの仲麻呂なかまろが台頭すると力を失い、右京大夫の職に左遷されてしまう。


 その後、真備は再び遣唐使に選ばれ、遣唐副使として二度目の入唐を果たす。

 二度目の入唐では、帰国をしなかった阿倍仲麻呂との再会を果たし、仲麻呂のお陰で普通では入ることの許されない宮殿の奥へも案内されたりした。

 この二度目の入唐の際に出来た話が「金烏玉兎集」の逸話である。吉備真備は、唐の役人に騙されて楼(高い塔のような建物)に幽閉されてしまい、そこから脱出するために阿倍仲麻呂の力を借りる。この時に力を借りた阿倍仲麻呂は本人ではなく、生霊であり鬼であったとされている。そして、金烏玉兎集を仲麻呂に持ってこさせたりして、この楼から脱出をするという話だ。

 ちなみに、前作「YAKYO」ではこの話に鍾鬼の話を混ぜ込んで、吉備真備は自分の中に鍾鬼を取り込んだという風にしている。


 真備は、唐から無事に帰国するが、この際に共に遣唐使船に乗っていたのが鑑真がんじんであった。また別の船に乗っていた阿倍仲麻呂は、時化で船が流されてしまい、再び唐へと戻り、仲麻呂は生涯を唐で過ごすこととなった。

 帰国した後も、真備は中央の政治に絡めることは無く、大宰府の役人として働いていた。ただ、大宰府では真備による軍事増強などが行われ、周辺国が攻め込んできても対応できる態勢を整えていた。


 そんな真備に転機が訪れる。

 それが藤原仲麻呂の乱であった。この時、すでに真備は70歳。それでも中衛大将として追討軍を指揮し、真備は功を挙げた。

 そして、中納言から大納言へと出世し、最終的には右大臣となったのだった。

 真備はその後、81歳まで生きた。


 真備は、唐で学んできた兵法術などを日本の兵術に取り込んでおり、諸葛亮の「八陳」と孫子の「九地」、および軍営の作り方などを教授したとされている。

 また陰陽道にも精通しており、陰陽師であったともされている。


 私は、波乱万丈な吉備真備の人生に惚れこみ、どうしても小野篁と絡ませたいという衝動に駆られてしまった。吉備真備と小野篁はどこか似ているのだ。そして、前作「YAKYO」では篁の強敵として登場した。YAKYOを未読の方にはネタバレになるのであまり詳しい話は書かないが、吉備真備という人物をもう一度登場させたいとずっと考えていた。そして、今回の話へと繋がる。


 今回の真備については、賛否両論あるだろう。まさかここで転生して女体化を持ってくるとは、自分でも書いていて、本当に大丈夫か? と思ったほどだ。

 しかし、吉備真備という人物を書いていると楽しくて仕方がない。下手すると主役の小野篁を食ってしまうのではないかと心配になるくらいに、この人物も魅力的なのだ。

 前にも書いているが、吉備真備と小野篁の人生は似ている。ともに遣唐副使を務めたという点や、突然出世街道を歩みだすところ、なぜか逸話が多いこと、そして鬼や冥府といったものとの繋がりなど。

 こんな魅力的な人物がいるのに、注目されないなんて勿体ない。


 というわけで、吉備真備の名を章の名前にして、物語を書いてしまいました。

 もっと色々と吉備真備について書きたいですけれども、今回はこの辺で。 

 引き続き、SANGIをお楽しみください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る