吉備真備(3)
ふたり並んで歩くと、まるで親子のようであった。
偉丈夫といわれる篁の隣には、
こちらも女としては背が高い方だが、さすがに篁と並ぶと小さく見えた。
「なんと呼べばよいのだ」
「そのまま、
「それにしても、なぜ
「知らぬ。我は四度生まれ変わった。一度目と二度目は男じゃったが、すぐに流行り病に罹って命を失ってしまった。三度目は女子に生まれてきた。しかし、その時もあまり長くは生きれんかったな……。そして、この四度目で、やっと篁と会えたというわけだ」
真備は笑みを浮かべながらいう。
この女子の中身が吉備真備であるということを知らねば、惚れてしまう男も少なくはないだろう。真備の外見は瓜実顔であり、容姿端麗といっても良いくらいであった。
「すべての記憶は残っているのか」
「左様。我の場合は特殊だと閻魔が言っておったが、我は魂の記憶というものがあるそうじゃ」
「よくわからないが、閻魔がいうのであれば、そうなのだろう」
篁は難しい顔をしながら真備と並んで歩いた。
しばらくふたりは話をしながら外界を歩き、
いまから数年前、この羅城門で篁はひとりの友人を亡くしていた。その友人は陰陽師であり、吉備真備の姿をした鍾鬼の召雷の術に撃たれて死んだのだ。
姿は違えど、まさかかつて敵として見ていた吉備真備と共に羅城門を通ることになるとは、夢にも思わないことであった。
「どうした、篁」
羅城門の前で立ち止まった篁を不審に思った真備が聞いてくる。
数年前に修復作業が行われた羅城門だったが、時が経つにつれて傷んでいるところなどが目立ってきていた。かつて、あの屋根で吉備真備と戦った。篁はそのことを思い出していたのだ。
「我は、この門に来たことがあるな」
「覚えているのか」
「ああ。あれは我であって、我ではなかったがな」
「そうか……」
「
ぼそりと呟くように真備はいう。
どういうつもりで、そのような話をしているのだろうか。篁は思わず、真備の横顔をじっと見つめた。
真備はどういうわけか、その大きな瞳からひと筋の涙を流した。
それを見た篁は何がなんだかわからなかった。
「時おり、我は自分でもよくわからない感情に陥ることがある。いまの涙は誰が流した涙なのか、よくわからん」
まるで言い訳のように真備はいうと、着物の袖で涙をぬぐった。
羅城門を潜ったふたりは、そのまま朱雀大路を進んだ。本来であれば、篁ほどの官位を持つものであれば
しかし、きょうばかりは周りの様子が違っていた。誰もが篁を見つけて頭を下げたりはするのだが、話しかけてきたりはしなかった。それどころか、急に目をそらしてしまう者もいるほどだった。
篁はその原因がすぐにわかった。隣で同じように歩く真備のせいである。被衣をつけているとはいえ、真備の美しさは目立っていた。一体、ふたりの関係はどういうものなのだろうか。庶民の目はそう物語っていた。
「男装をさせておいた方が良かったかもしれぬな」
「なぜじゃ。この姿では、なにかまずいことでもあるのか、篁」
「これでは目立って仕方ない」
篁は小さな声で「参ったな」と呟いた。
仕方なく篁は真備のことを自分の屋敷に連れて行き、男装をさせることにした。
「なぜ我が男装せねばならんのだ」
着物を着替えながら納得できないといった口調で真備がいう。
篁の家人たちは、この女性は主人とどういった関係の人間なのだろうかと疑問を覚えながら、着替えをさせている。
「着物では動きづらいのではないか」
「そのようなことは無い。慣れれば動きづらいことはないぞ、篁。お前も着物を着てみるが良い」
そういって真備は笑って見せる。
ふたりのやり取りを聞いていた家人たちは、顔を見合わせていた。我々の主人と同等の口の利き方をする若い
水干に烏帽子という格好となった真備は、手に持った扇子をくるくると廻しながら屏風の向こう側から姿を現した。
その真備の姿を見た篁は、真備の全体からあふれ出る色気のようなものが全然抑えられていないことに気づき苦笑したが、それでもまだ女の格好で被衣姿の時よりも良いかと思った。
「まあまあじゃな。だが小袴を履いたことで、以前よりも足は動きやすくなったな」
真備はそう言うと、その場でくるりと前方宙返りをしてみせる。
「着替えも済んだことじゃ、さっさと牛鬼退治に行こう」
「そうだな」
篁と真備は連れ立って、篁の屋敷を出た。
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