在五(3)

 それは業平が毎晩のように見る奇妙な夢の話だった。

 いつものように屋敷で目が覚めるところからはじまるその夢は、まるで現実のようで夢なのかどうなのかの区別がつきづらいのだという。


 業平は、異母兄である行平ゆきひらと共に馬に乗って鷹狩りに出掛ける支度をしており、そこへ友人であるみなもとのとおるが訪ねてくる。


 源融は、嵯峨天皇の第十二皇子であり業平や行平同様に臣籍降下をした人物であった。なお、本物語とは関係がないが、源氏物語の主人公である光源氏のモデルとなった有力人物であるとされている。


 三人は馬に乗り、外界へと出かけた。向かう先は、交野ヶ原かたのがはらである。

 普段であれば大勢の共の者を従えているのだが、なぜかその夢の中では三人だけしかいなかった。


 しばらく進むと、辺りに霧が立ち込めてくる。馬がいななき、その場で立ち止まってしまう。

 気がつくと、行平も融もそこにはおらず、業平だけがその場にいる状態なのだ。

 すると霧の向こう側に、小さな寺が見えてくる。馬は勝手にその寺の方へと進み、寺の門の前で業平は馬から降りる。


 寺の門の向こうには、立派な本堂があるのが見えた。

 業平はその本堂へ向かおうとするのだが、なぜかその境内にある古井戸が気になるのだ。


「古井戸ですか」

 話を聞いていた篁は何やら嫌な予感を覚え、口を挟んだ。


 本堂の中には立派な釈迦如来像があり、業平はその釈迦如来に手を合わせる。

 すると、古井戸の方から何やら声が聞こえてきた。


 古井戸の方へと業平が目を向けると、そこには幼い男女の童子わらしがおり、古井戸の周りを囲む筒井筒つついづつのところで何やら遊んでいるようだ。

 すると女童おんなわらわの方が奇妙なことを言い出す。


「業平様、この筒井筒の底に鬼がおります。どうか、この鬼を退治してくださいませ」


 その言葉に驚かされた業平は古井戸に近づいていこうとするが、それを男の童子が止めに入る。


「業平様、この筒井筒には近づいてはなりませぬ。鬼に喰われてしまいます」


 その言葉に驚かされた業平は古井戸に近づくのを止めるが、するとまた女童がいう。


「業平様、筒井筒の鬼を退治してくださいませ。このままでは鬼にわたしたちが喰われてしまいます」

「業平様、鬼に近づいてはなりませぬ」

「業平様、鬼を――」

 童子たちが騒ぎ立てる。


 どうすればよいのかわからなくなった業平は後ろを振り返り釈迦如来像に助けを求めた。

 すると、どこからか声が聞こえてくる。


を呼びなさい」

 その声が聞こえて、目が覚めた。


 同じ夢を三日に一度程度で見ており、その頻度が次第に二日に一度、そして毎日となってきたのだという。


「その声は、と言われたのですか」

「はい。たかむらと聞いて思い当たるのは小野篁殿しかおらぬと思い……」

「左様でしたか」

 これは困ったことになったな。正直、篁はそう思った。


 業平の見た夢に思い当たる節はなかった。場所も曖昧であるし、筒井筒の古井戸などはどこにでもある。また男女の童子が誰であるかもわからなかった。


「篁殿、私はどうすればよろしいのでしょうか」

「そうですね……」


 これは困ったな。篁がそう思っていた時、業平の家人が部屋へとやって来た。


「業平様、客人がお見えなのですが」

「客?」

「はい。小野篁様のお知り合いだといわれる方が」


 その言葉に業平は篁のことをじっと見る。

 内裏からの帰り道に業平の牛車に乗ったため、篁の家人に業平の屋敷に来ているということを知る人間はいないはずである。それに家人であれば、知り合いなどとは名乗らないだろう。


「どのようなお方だ?」

 篁の表情を読み取ったのか、業平が家人に聞く。


「若い女子おなごです」

「若い女子?」

 篁は思い当たる節が無く、疑問の声を思わずあげてしまった。


「ええ。その方はこちらに小野篁殿が来ているはずだからと言って……」

 業平の家人も困ったといった口調で告げた。


「若い女子か……。篁殿、その方にお会いしてみましょう」

 そういうと業平は、家人にその者を連れてくるように指示した。


 このお人は……。内心呆れながらも、篁も一体誰が訪ねてきたのかということが気になっていた。

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