第68話:勇者が刀を握る理由4

◆◆◆◆


 ツバキと彼女の父を修練場の外へと見送った。帰り際に彼女の父から、


「また侍の国に訪れたときは、是非、私の家にお寄りなさい。良い茶を用意して待っています。その時は、その腰の刀でどの様な活躍をされたのか、お聞かせ下さい。」


と言われた。私は、


「土産話になるような活躍が出来たら、また帰って来ます。」


と話し彼らを見送った。言い争いながら並んで歩く2人の姿は、どこにでもいる思春期の娘と父のそれそのものだった。


◆◆◆◆


 午後、ミリア、ディアと共に買い物へと出かけた。


 新たな刀を手に入れたとは言え、訓練で使用する木刀が無いのでは話にならない。


 蒼鉄に刃は無いが、それでも訓練で酷使し続けた結果、実戦で折れてしまっては笑い話では済まないだろう。かといって、ギルドで用意した訓練用の木剣を使用して壊したら、ルークに何を言われるか分かったものではない。


 適当な道具屋に入り、店主に「赤樫製の木刀」は無いか尋ねると彼は店の端を指さした。


 店主の指した先には、底の深い桶の中に何本もの木刀が乱雑に入れられている。そのうちの一本を適当に引き抜く。


 軽く振ると、微かに風切り音が聞こえた。やはり、真剣よりも若干の空気抵抗を感じるが、中々手に馴染む良い木刀だ。


 木刀の木目を確認し壊れにくそうな物を選定していると、ディアも私と同じ木刀を選定していた。


「水斬之白鉄(ミズキリノシロガネ)は決して折れない刀だと聞きました。でも、ツバキから借りているものなので、もし私が未熟なせいで、この刀を駄目にする分けには行きません。だから、この木刀で刀を上手く扱えるよう、練習しようと思います。」


 とのことだ。ディアがやる気になるのは良いことだ。


 ディアの剣は、ディアの故郷である剣の国の剣術がベースとなっている。剣の国の剣術を刀で扱えるようアレンジした者など聞いたことが無い。


 この方向性で鍛えていけば、ディアは恐らく、他の剣術とは若干異なる唯一無二の剣技の使い手となるだろう。


 そんなことを考えながら会計を行おうとしていると、店の中央の机に釘付けになっているミリアの姿が目に付いた。


「何を見ているんだい?」


「これ、とても綺麗だと思いまして――でも何に使うものなのでしょう?」


 ミリアの見ている机の上には、様々な種類の”かんざし”が置かれていた。


「これは”かんざし”と言って、侍の国の髪飾りだ。ミリアの好みの物はあるかい?」


 ミリアは手振りながら困ったような表情を浮かべる。


「いえ、滅相もございません。私はただ、見ていただけですので……。」


「そうか、じゃあ、ミリアの分とディアの分を私の好みで選ぶとしよう。」


 ディアも自分の名前を出され、こちらの様子に気がついたようで、木刀を持ちながらこちらに来た。


「どうかしたんですか? わ、凄く綺麗……でも、これ、何に使う道具ですか? お箸?」


 ミリアと同じ内容の説明をディアにも行った。


「え! 良いんですか!? 綺麗なデザインがいっぱいあって、困っちゃいますね~。」


 ディアは、目を輝かせながら次から次に見比べている。私はふと目についた物を手に取った。


「ミリア、これなんかどう?」


 小さな梅花が装飾された銀色のかんざしをミリアに見せる。彼女は驚きの表情を浮かべ、「あ……はい。これが良いです。」と答えた。


 ミリアとディアには先に店の外へと出てもらい、まとめて会計を済ませた。


 ミリアには、先ほど見せた梅のかんざしを、ディアには、小さなモクレンのが装飾された金色のかんざしを渡した。


◆◆◆◆


 風呂、食事を終えリンの部屋に入る。


 早いもので、これが侍の国で過ごす最後の夜だ。明日の午前中には侍の国を出て、明後日の夕方には王国に着く。


 つい一週間前は、実家に帰ることが、これ以上無い程に苦痛だった。また、私のせいで剣の道を断念しかけたリンと会話をすることも、気まずくて仕方がなかったのだが……不思議なもので、王国へ戻ることが少しさみしく感じる。


「リン姉は、いつ王国に帰るの?」


「3日後。アンタがいたせいで、全然休んだ気がしないから、明日からはゆっくりとさせてもらうわ。」


「そうかい。それはすまなかったね。じゃあ、御礼をするから目を閉じて。」


「良いけど、エッチなことをしたら叩き斬るから。」


 悪態を付きながらも、リンは言われたままに目を閉じる。私はリンの後ろ髪にかんざしを通した。「いいよ」と言うと、リンはゆっくりと目を開けて、恐らく違和感があるだろう、後ろ髪に手を当て、かんざしを引き抜いた。


「胡蝶蘭のかんざし……ありがとう。凄く良いデザインだと思うけれど、アンタ、これを異性に渡す意味分かっている?」


「分かってはいるけれど、そういう意味じゃないから。この前の赤線内の人々の暴動の件や、父さんと真剣勝負を行ったとき――色々なことをまとめて、ありがとうの気持ち。それに、ミリアとディアにも、かんざしを渡しているから。」


「うゎ……誰彼構わず、かんざしをプレゼントするとか軟派者過ぎてどうかと思う。でもまあ、感謝の気持ちは伝わったわ。ありがとう。」


◆◆◆◆


 翌朝、父と母、そしてリンに見送られて家を出た。


 6年前に家を出たときは、文字通り家から逃げ出すように王国へと旅立ち、二度とこの家の敷居をまたがないつもりだった。それが、今では6年前よりもさらに若い姿で、家族に見送られている。


 少しの寂しさと嬉しさを胸に抱き、家を後にした。


◆◆◆◆


 侍の国で起きたこと、そして、ディアが怪我をしたことを報告するために、汽車からおりたその足でギルドへと戻ると、ギルドではとあるニュースにより大問題が発生していた。

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