第76話:サキュバスの巣4

◆◆◆◆


 赤線内の入口からすぐ近くにある馬車の停留所を抜け、路地をいくつか入ったところに、一際豪華なレンガ造りの建物が現れた。装飾もさることながら、大きさが他の建物とは段違いだ。奥行きなども考えると、普通の宿屋の5倍くらいの大きさがある。


「もしかして、ここって……。」


「ええ、ここは以前、私が勤めていた娼館――シェルクルール。そして、ミリアさんも以前ここで働いていた……娼婦として……。」


「そうか……。」


「自分の好きな人が元娼婦だったなんて、複雑な気持ちよね。」


「まあ、複雑ではあるが……少しだけ納得しているところもある。彼女が時々垣間見せる色気を孕んだ誘惑は、普通の女性が醸し出せるものではない。」


 私と出会う以前、ミリアが多くの男性と関係を持っていたと考えると、嫉妬する気持ちが生まれてくる。


 しかし、それ以上にミリアの過去を”こんな形で”知ってしまったことが辛かった。私がミリアの過去を詮索するような質問をすると、困り顔でのらりくらりと交わしてきた。おそらく彼女は、自分が元娼婦であることを知られたくなかったのだろう。


 とはいえ、彼女と会話をしなければ、何故突然、私の前からいなくなったのか分からない。


「ここまで連れてきて、こういうことを言うのも何だけど、本当に入る? もしかしたら、後悔することになるかもしれないわよ。」


「ここで引き返せば、必ず後悔をする。どうせ後悔をするのなら、ミリアの本当の姿を知ってから後悔をするさ。」


 そう話すと、ミラは美しく彫刻された2体の裸婦像の間にある、立派な木造扉に手をかけ押し開けた。


 中は広いホールとなっており、豪華な机とソファーがいくつも設置されている。今はまだ、人の姿が見えないが、おそらくあと1時間もすれば、大勢のお客様と娼婦達で埋め尽くされるのだろう。


 床にはまるで芝生のようなふわふわの赤カーペットが敷かれており、天井を見ると綺羅びやかなシャンデリアが3台も設置されている。ここが赤線内であることを忘れてしまいそうだ。


 ミラはソファーの上に座り、となりの席をトントンと叩く。私も座れということなのだろう。私はいつでも立ち上がることが出来るよう、ソファーの端に腰をかけた。するとミラが話を始める。


「これから来る人は、私とミリアさんの師匠で、シェルクルール中でもトップクラスの人気嬢。そして……。」


 とミラが話していると、2階の扉が開き、ブロンドヘアーで紺色のドレスを身に着けた女性が現れた。彼女はゆっくりと、そして優雅に大階段を降り、私達の席の横に立ち、お辞儀をする。


 彼女の所作は細かな部分まで洗練されており、正に洗練された女性の見本のようだ。


「わたくし、アリス=フィリドールと申します。貴方がセツナ=タツミヤ様ですね。以後、よろしくお願いいたします。」


「ええ、私がタツミヤです。単刀直入に聞きますが、ミリア=ミッシェルが、こちらに来ていると聞いたのですが。」


「来ておりますよ。」


「では、今から合わせて頂けますか? 色々と聞きたいことがあるので。」


「それは駄目です。だって私、貴方のことを知りませんから。もし、ミリアさんのことを本当に愛している人でなければ合わせてあげることなんて出来ません。」


「ミリアのことが好きです。ただ、それを証明にはどうすれば良いか。」


 彼女は「そうですね~」と唸りながら、顎に手をあてて目を瞑る。そしてパッと目を開けて私の手を握った。


「今から私とエッチをしましょう。」


 彼女が何を言っているのか分からなかった……。いや、言葉の意味は分かる。ただ、あまりにも唐突で……しかも、顔を合わせてから10分にも満たない人から言われたのだ。何がなんだか分からなくて当然だろう。


「は、はぁ?」


 自分でも驚くような、情けない声が口から漏れる。そんな私を尻目に、アリスは私の手を取りおっとりと話す。


「大体15分……いや、移動を含めると10分くらいデキますね。だから、セツナさんは10分間、全力で射精を耐えて下さい。もし私の責めに10分間耐えきることが出来たら、ミリアさんに合わせましょう。」


「もし、我慢できなかったら?」


「そうですね~。私の身体は売り物なので、簡単に帰すことは出来ませんね。2週間くらい、私の付き人として私の身の回りのお世話をして下さい。」


 少し考える。冷静に考える、とこのルールは私に有利過ぎる。力が弱いとは言え、たとえ押し倒されても、ベッドの上で身体をうつ伏せにすれば逃げ切ることが出来る。それにそもそも、モノを立たせなければ問題ないのだ。


 正直、出会ってから間もない他人とセックスをするとは、やはり抵抗がある。だが、相手は極上の美人だ。シミやシワは1つもなく、顔のバランスもプロポーションも奇跡のようだ。抵抗はあるが嫌ではない。


「分かりました。」


 そう答えた瞬間、ミラが私とアリスさんの間に割って入る。


「アリス姉様。別のもので勝負をしましょう。セツナさんはエッチに関しては素人ですよ。」


「そうですか? でも、セツナさんは私とエッチしたいですよね? それとも、ミリアさんに合わずに帰りますか?」


 私はミラの肩を叩いた。


「このままミリアと合うことが出来ずに別れるなんて出来ない。それに、10分間耐えるだけなんて簡単さ。うつ伏せになってアソコを萎えさせれば良いだけだろう。」

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