第75話:サキュバスの巣3

【注意:このエピソードでは、話の視点が切り替わります】


♡♡♡♡:ミリア=ミッシェル視点

◆◆◆◆:セツナ=タツミヤ視点



♡♡♡♡


 テーブル席に座る男の左の胸元には、黄金色に輝く多くのラインが入っていることから、彼がいかに、騎士団の中で高い位に位置する人物なのか読み取れるが、私からするとそれが憎らしくてたまらない。


 私はゆっくりと歩き、彼のテーブルの横に立つ。


「座らないのか?」


「長居するつもりはございませんので。早く要件だけを言って下さい。」


「君は今、弱体化したセツナの下で暮らしているそうだね。」


「ええ、それが何か?」


「幸せかい?」


「……私は、『要件だけを言って下さい。』って言いましたよね?」


「すまないね。君が幸せに暮らしているのか、興味があったのでね。」


「……それだけですか? では帰らせて貰います。」


 そう話し、踵を返して出口へと向かおうとした瞬間、彼に腕を掴まれた。そして、腕を引かれて無理やり彼の方を向かされる。


「悪い悪い、本題を話そう。新たに財務大臣に就任したクレタスのことは知っているかい?」


「名前を聞いたことがある程度なら。」


「丁度3週間後、騎士団の幹部達がシェルクルールでクレタスを接待する。その際に、ミリアが応対してヤツのことを籠絡しろ。」


「嫌です。 それだけなら帰ります。」


 彼の腕を振りほどき、出口へと歩くと背中越しに声を掛けられた。


「セツナは今日、午後から冒険者達と、王国の東に住み着いたワーウルフの討伐に行くらしいな。」


 私は思わず、彼の方を振り向いた。彼の言う通り、セツナ様は今日、ワーウルフの討伐へと向かう予定だ。


「騎士団の隊長2人が今日、”たまたま”ワーウルフの生態調査へと向かう。ワーウルフの爪は切れ味が鋭いらしいぞ。丁度、サーベルと同じくらいの切れ味らしい。セツナは弱体化したとは言え、普通ならワーウルフなんかにやられはしないだろうが、思わぬところで事故は起こるからな。今日、セツナのもとに不幸な事故が起こらなければよいが……。」


「……下衆ですね。クレタス様は女性に籠絡などされないと思いますが……。」


「籠絡出来なかったとしても、騎士団の接待で女性と寝たという事実を作り出すだけでも十分だ。彼のことを調べたのだが、どうしても弱みが見つからなくてね。だから、君のことをけしかけて、こちらで弱みを作り出すことにしたのさ。」


「……考えさせて下さい。」


 彼は上級銀貨を二枚テーブルに置き、席を立つ。そして私の肩を叩いた。


「君達は我々騎士団に常に監視されている。だから考えたところで答えは1つしか無いと思うが……良い答えを期待しているよ。それと、君は誰かと幸せになろうだなんて思わないことだ。君の身体には価値があるかもしれないが、君の今までの人生――穢れを知れば、君のことを心から愛する人などいるわけが無いのだから……。束の間の幸せを縋り、捨てられる前にすぐに元の人生に戻った方が良いだろう。」


 誰のせいで私がこんな人生を歩んでいるのか……と怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑え唇を噛みしめる。背中越しに彼が店を出る気配を感じ、その場に崩れ落ちた。


 私の母と私を貶めて、今もなお付きまとう――まるで呪いのようだ……。そして何より辛いことが、その呪いのような彼の血が、私の中にも流れているということだった。


◆◆◆◆


 ギルドへと出社し、バックヤードでミリアの捜索範囲についてルークと相談をしようと準備をしていると、ミラにギルドの裏路地へ呼び出された。ギルドの裏路地は人1人がやっと通れるくらいの狭い路地になっており、表通りから完全に隔離されている。どうやらアルにすら聞かれたくない話のようで、ミラはいつになく真剣な表情を浮かべていた。


「セツナさんには話しておいた方が良いと思って……ミリアさんの過去について、本人の口からどこまで聞いている?」


「メイドになる前は、住み込みで働いていた……くらいしか聞いていないかな。彼女が私の家に来た頃は、色々と過去について聞いたが、どうもはぐらかされてしまって、『きっと語りたくないのだろう』と思って、なるべく聞かないようにしていた――。でも、それがどうかしたか? もしかしてミラはミリアの過去について何か知っているのか? 今回、私の前から姿を消したことと何か関係があるのか?」


「そう。じゃあ、セツナさんはミリアのこと好き?」


 他人から、ミリアのことを好きか聞かれるなんて、想像していなかった。しかも友人と言っても過言ではない同僚の恋人に……。


 口に出すことは恥ずかしいが、彼女は真剣な表情で話す。


「それはどういう意味で?」


 分かりきってはいるが、念の為に聞き返す。すると、ミラは私の言葉に食い気味に話す。


「愛しているのかって聞いてるの!」


 彼女の勢いに負けて首を何度も縦に振る。


「もちろん好きさ。でなければ一緒に暮らすことなんてごめんだ。」


「じゃあ、どんなことが起きても、ミリアさんのことをずっと好きでいる自信はある?」


 冷静になって考えてみるが、やはり私はミリアには特別な感情を抱いている。


 例えばリンは、私の実の姉でありながら初めての相手で初恋の相手だ。少し前までは、ミリアに対して彼女の影を追い求めていたように思える。しかし、先日、侍の国で共に過ごす内に、リンはリン、ミリアはミリアであり、彼女達2人はどちらかの影では無い。


 侍の国から戻ってきてから、彼女は私の好きなもの、嫌いなもの……私の所作の一つ一つから、私自身のことを知ろうとしていることが見て取れる。そして私も、彼女のことを知りたくてたまらないのだ。


 相手のことを思い胸を高鳴らせて、より相手のことを深く知りたいと思うことが恋であれば、この感情は間違いなく恋だろう。それも呪いのような恋――情欲が燃えるような激しい恋愛感情ではなく、家族に向けるような深く重い愛情だ。


「色々と考えたのだが、私はどうしようもないくらい、ミリアと一緒にいたい。」

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