第74話:サキュバスの巣2

【注意:このエピソードでは、話の視点が切り替わります】


○○○○:ミラ=ハート視点

♡♡♡♡:ミリア=ミッシェル視点



○○○○


 赤いカーペットが敷かれた廊下を歩く。


 廊下の左右に、等間隔に同じ作りの扉が配置されており、廊下の奥から4番目の右側の部屋の扉を3回ノックすると、中から「はい。」と短い返事が聞こえた。


 扉の前で少し待つと、素肌の上にガウンだけを羽織ったクレアが、扉を少しだけ開けて顔だけのぞかせる。ノックをした相手が私とアリス姉様だと気がつくと、扉を大きく開けて中へと招き入れた。


「お久しぶりですねミラさん、そしてアリスさん、お二人私の部屋に来られるなんて珍しいですね。今日はどのようなご要件でしょうか。」


 キビキビとした動作で、銀色のショートボブの髪を降らしながら頭を下げハキハキと話す。彼女の目つきは鋭く縁のないメガネをかけており、言動、仕草、見た目どれをとっても、彼女の生真面目さが分かる。


「ミリア姉さんは来ておりませんか?」


「ミリアさんは来ております。今、接客の実習を終え、これからセックスの実習を始める準備をしているところです。」


 クレアが話し終えたタイミングで、壁の影から真っ白のシースルーの上にガウンを羽織ったミリアが現れた。しかし、彼女の姿はギルド職員として働いている時のそれとは程遠い――普段は綺麗に分けられた前髪を垂らし、メガネを外したその瞳の奥には妖艶な情欲を孕んでいる。


 同性でありながら息を飲むほどの色気――今の彼女はギルド職員としての彼女とは違う……娼婦ミリア=ミッシェルだ……。


 彼女は私に気が付き、ゆっくりと歩く。ほんの3~4歩程度歩いただけだが、その所作の一つ一つが私のことを誘っているようだ。


「よくここが分かったわね、ミラ。」


 そう話し、目を細めて蠱惑的な笑みを浮かべながら、左手の指先を私の内ももにあてがうと、ゆっくりと太腿の付け根に向けて指を這わせた。それと同時に私の頬から顎へと右手の指先をすべらせ、顎をクイッと持ち上げた。


「ご褒美に、ミラのことを昔みたいに気持ちよくして上げましょうか?」


 私とミリア姉さんは2人共、子供の頃にシェルクルールへと売られアリス姉様の弟子となった。


 まだ、年齢的にお店に出ることが出来ない頃、私達2人は同室で生活をしていたのだが、その頃、幾度となく2人で接待の練習を行った。


 そのため、未だに彼女の身体の気持ちよさが私の身体に刻まれており、少し触られただけで、身体が彼女を受け入れる準備をしてしまう。


 しかし、私はそれを悟られ無いように、私の顎を持ち上げる手を掴みぐいっと引き寄せた。唇と唇が付きそうな程、顔を近づける。


「ミリア姉さん。こんなところで何をしているんですか? 貴女が居るべき場所はここではないはずですよ。」


「私はどこに居るべきなのかしら?」


「セツナさんのもとに決まっているじゃないですか。みんな、ミリア姉さんのことを探していますよ。」


 顔を離し、口に手をあてながらクスリと嘲笑う。


「面白い冗談を言うのね。私の居場所はココしか無いわ。だって私、根っからの娼婦ですもの。セツナさん達が私のことを探している? なら、彼に私の居場所を教えてあげればいいじゃない。」


「……本気で言っているんですか?」


「本気よ。何なら、シェルクルールに連れてきなさい。そうだ、私は、あと15日後にクレタス達への接待で復帰するわ。だからその時にセツナのことを連れて来て、私が接待をしている姿を見せて上げましょうよ。そうすれば彼、娼婦だってことを理解してくれるでしょ?」


 淫靡な表情……まとわりつくような喋り方……人を誘い込むような所作……昨日までの彼女とはまるで別人のようだ……。そう言えば、アリス姉様はミリア姉さんのことをこう評していた。


 ”彼女は娼婦で居るときは、淫靡な仮面を被っている”と……。


「もう良いです。分かりました。」


 私はそう話し部屋を後にした。


♡♡♡♡


 部屋を飛び出すミラを見送り、クレアとの行為を始めようとした時、アリス姉様に声をかけられた。


「貴女って、本当に不器用ね。ギルドの人達に助けを求めれば良いじゃない。」


「それだと、ギルドの人達に迷惑をかけてしまいます。それに、セツナ様にもしものことがあれば、私は生きていくことが出来ません。」


「……そう。それは、彼が命の恩人だからかしら?」


「……昔はそうでした。でも……今は……。」


♡♡♡♡


――数日前――


 王城の正門から向かって左側にあるゴツゴツとした石造りの建物――騎士団の詰所。その詰所を囲むように設置された、高い石造りの塀に沿って道なりに歩き、詰所の裏手へと回った。


 詰所の裏には隠れ家的な店が軒を連ねており、昼時は、食堂の食事に飽きた騎士団員達が殺到している。しかし、そんな店々も、昼を少し回った今の時間は人が捌けていた。


 そんな食事処の更に裏側に、外からでは営業しているのか分からないような小さな喫茶店がある。


 その喫茶店につけられた木造の扉に手をかけ、CLOSEの看板を無視して扉を開けて入ると、カウンター席が8席と、カウンター席の後ろに4人がけのテーブル席が2つあった。


 そのテーブル席に座り、開店前だと言うのにコーヒーを啜っている白髪交じりで、純白のコート――騎士団の制服を身に着けた初老の男性が、軽く手を上げる。

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