第73話:サキュバスの巣1
○○○○:ミラ=ハート視点
○○○○
ギルドの仕事を終えた後、早足でギルドを出て赤線へと入った。
太陽がすっかり沈んでいるにも関わらず多くの客引きが闊歩している姿は、王国内の人から見れば異様だろう。
しかし、何年も赤線内で暮らしていた私にとっては見慣れた光景だ。
そんな、地元のような道をたどり、レンガ造りの城のように豪勢な佇まいの娼館――シェルクルールの前に立つ。
壁には天使のような2体の裸婦像が彫刻されており、その間には大きな両開きの木造扉がある。数か月前までは私も娼婦としてこの扉から出入りしていたのだが、今日は、その扉を無視して裏口へと回った。
今頃は丁度、大きなホールで娼婦達が接客をしている時間だ。娼婦でも客でもない私がホールへと続く正面口から入るのは流石に気まずい。
裏口の扉から出てきたボーイに声をかけ、中へと入れて貰った。
「久しぶりね。少し聞きたいのだけど良いかしら?」
「ミラさん、お久しぶりです。確か引退したと聞きましたが、どうしたんですか?」
「ちょっとアリス姉様に用事があって。アリス姉様は今準備中? それとも接客中かしら?」
「アリスさんなら、あと15分くらいで個室接客が終わるはずですが。」
「そう、教えてくれてありがとう。」
シェルクルールの接客には2種類ある。
まずはホールでの接客。これは訪れたお客様をテーブルへと案内し、何人かの娼婦達がお客様達を囲み、談笑をしながらお酒や食事を楽しむのだ。そして、お客様から気に入られた娼婦は、指名を受け個室接客を行う。
個室接客は、その娼婦が住み込みの場合は各々に割り当てられた寝室を、通いの場合は共有個室の中で空いている部屋を使用し、基本的にはお客様と2人きりで接待を行う。
個室にはベッドと小さな丸テーブルが置かれており、そこで軽く談笑をした後、行為を行うのだ。
ただ、人気娼婦はお客様から直接、時間指定の予約を受け、ホールに出ることなくお客様を個室に招き入れて行為を行う。ちなみに私も、現役の頃は、お客様から直接予約を受けることが多かった。
暫くスタッフルームで裏方仕事を手伝いながら時間を潰していると、アリス姉様の接客が終わったとの報告が入り、ボーイの2人がベッドメイクのためにアリス姉様の部屋へと向かった。
私はそのボーイ達に付いていき、アリス姉様の部屋へと入った。
「アリス姉様、ご無沙汰しております。」
「あらミラさん、久しいわね。今日は珍しい来客が沢山で、驚いてしまうわ。」
おっとりとした口調で話す彼女は、高級娼館シェルクルールの中でも3指に入る人気娼婦、そして私の師匠であるアリス=フィリドール。
年齢は37歳で包容力が高く、年令問わず人気が高い。
スタイルもよく、私よりも1回り以上年上にも関わらず、私のプロポーションと遜色ない。常に微笑んでいるように垂れた目元と、少しだけ口角の上がった瑞々しい唇が特徴だ。
彼女は、シースルーの上からガウンを羽織り、お団子にまとめたブロンドのロングヘアーを解いて、首裏辺りの長さで結び左肩から前へと垂らした。
「珍しい来客とは、もしかして、ミリア姉さんのことでしょうか?」
「よく分かったわね。ミリアさんはシェルクルールに復帰させて欲しいと言っていたわ。」
ミリア姉さん――ミリア=ミッシェルは、セツナさんのもとでメイドとして働く前、シェルクルールで娼婦をしていたのだ。それも、私の姉弟子として――。
「ミリア姉さんと話をさせて下さい。」
「クレアさんの部屋で接客の練習を行っているわ。あの子に限って練習が必要だとは思わないけれど、気持ちを娼婦に戻すための準備かしらね。」
クレア=ブルジェ――彼女も人気娼婦の1人だ。
彼女は1度でも接客を行ったお客様の特徴や癖、好みの酒や性癖などを記憶し、お客様が求めていることに的確に応えることを得意とする娼婦だ。
また、行為の最中に相手の弱いところを探し出すのも得意であり、相手を骨抜きにすることも多々ある。
「ありがとうございます。」
私はそう話し席を立とうとすると、アリス姉様に腕を掴まれた。
「貴女、ミリアさんの復帰を止めるつもりでしょう。ミリアさんは自分の意思で、この店への復帰を望んだのよ。それならば、止めるのではなくで見送るべきだと思うわ。」
「ミリア姉さんは、外の世界で好きな人と共に幸せな生活を築いておりました。だから、何か事情があるはずです。その事情を、本人の口から聞くまでは納得が出来ません。」
「言えないような事情かもしれないわよ。」
「であれば、言えない理由も含めて本人の口から聞きたいです。それに、その口ぶりだと、アリス姉様はミリア姉さんから直接事情を聞いたんじゃありませんか?」
「ミラさん、流石の洞察力ね。分かったわ。ただ練習の邪魔をするとクレアさんが不機嫌になるから、私もついて行くわね。」
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