第72話:勇者と経営者4

◆◆◆◆


「珍しいな。お前がミリアちゃんと一緒に来ないなんて。」


 ルークはいつも通りの調子で、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


 私はルークの手を払いながら周りを見渡した。しかし、ミリアの姿はどこにも見当たらない。

 ミリアの性格的に無断欠席など絶対にしないはずだが……。

 

「朝起きたら、ミリアの書き置きがあった。専属メイドの契約を解除するとのことだ。」


「なんだ、喧嘩でもしたか?」


「いや、喧嘩などしていないし、昨日まで変わった素振りは見せなかったのだが……。」


「誰かに拐われた……なんて、お前と一緒に暮らしているのならありえないか……なら、誰かに脅された……とかか……?」


「割と、愛想をつかされちまったのかもな……。とりあえず、今日の冒険者支援の準備をする。」


 ルークがいつになく、真剣な表情で私を引き止めた。


「今日のセツナの支援は中止だ。他のメンバをアサインする。お前はミリアちゃんを探してこい。」


「別に、ミリアが事件に巻き込まれたというわけでも無いのだから騒ぎすぎだ。」


「お前、本気で言ってんのか? たぶん、ミリアちゃんもお前に見つけて貰うのを待っているぜ。『あの時、もっと早く動いておけば』と後悔しても遅いんだからな。」


 そう言って、ルークは私の尻を蹴り飛ばした。


 正直、ミリアのことが心配で仕方がない。それと同時に、「(何故、私に一言も声をかけずに出ていってしまったのか――私のことを信頼出来なかったのか)」という悲しみとも後悔ともつかない感情が、心の中で渦巻いていた。


◆◆◆◆


 その日はギルドの業務を全てキャンセルし、ミリアのことを探し回った。ミリアが行きそうな場所は全て探し、聞き込みも行ったが、今日、ミリアのことを見たという人物すら見つけることが出来なかった。


 日がすっかりと沈み、ギルドの終了時刻となった頃、ギルドへと戻りルークに報告を行う。


 すると、ルークが書類を書き始めた。どうやら明日見つけることが出来なかった場合、ミリアの捜索をクエストとして申請し、冒険者達を使い探し出すつもりのようだ。


 彼は書類を書きながら話す。


「今日はもう上がって良い。この時間まで探し続けても見つからなかったということは、おそらく王国外か、どこか室内にいるのだろう。明日は、お店の店主に聞き込みを行おう。俺も手が空いたら手伝うよ。」


「悪い。ありあとう。」


◆◆◆◆


 いつもの癖で、ギルドの食堂へと向かう。少し前までは冒険者達のために開けていた食堂だが、今の時間はギルドスタッフ達がテーブルを囲み談笑している。


 元々私は、食堂で夕飯を食べる事などなかった。


 食事もせず家に帰ると、ミリアは「食事を作ることはメイドの努め」として夕食を作り始めるのだ。ただですら、労働をさせたにも関わらず、更に一働きさせることなど出来ないため、夕食ぐらいは食堂で済ませようと提案した。


 そのことを思い出し、食堂を後にしようとしたところアルに呼び止められた。


「セツナも夕食か?」


「いや、帰ろうと思っていたところだ。」


「今入ってきたばかりだろ? 一緒にどうだい?」


「ああ、別にまわないが、ミラはいないのか?」


「あいつは、仕事が程度終わった後で、すぐに用事があると言って出ていったよ。」


「そうか。」


 そう話し、アルと共に食事を取りに行った。


 丁度空いていた4人掛けの丸テーブルの席に、アルと対面で座る。真剣な表情のを浮かべこちらを見ながらスプーンでスープを掻き混ぜていた。


「ミリアがいなくなったそうだね?」


「ああ。今探しているが、ミリアを”見た”という人すら見つからない。まるで、初めからいなかったかのようだ。」


「彼女はセツナのもとに来る前、何をしていた人なんだい?」


「分からない。昔聞いたことが合ったが、はぐらかされでしまったよ。それ以来、あまり詮索されるのは嫌なのだろうと思って聞いていない。」


「そうか。もし、それが分かれば、手がかりに繋がったかもしれないが……。彼女がセツナのことを調べるために送り込まれた刺客ということは無いか?」


「それは何とも言えないが……。ただ彼女から、悪意のようなものを感じたことはない……。まあ、何にせよ、明日も探してみるさ。」


「そうか。では、俺も手が空いたら手伝うとするよ。」


◆◆◆◆


 自室に戻り扉を開ける。


 いつもと変わらない部屋なのだが、ミリアがいないだけで部屋の中が無駄に広く感じる。


 元々この部屋は一人暮らし用のアパートのため、ミリアが来た当初は、生活が出来るのか不安になるほど狭く感じていたが……ここ数ヶ月で、感覚が麻痺していたようだ……。

 

 今日は何もする気が起きない……。

 

 私は倒れるように冷えたベッドへと潜り込む。普段であれば、体温がベッドへと伝わりすぐに暖かくなるのだが、今日は身体が冷える時間が異常に長く感じた……。

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