第71話:勇者と経営者3
◆◆◆◆
「セツナ様、明日一日、私に付き合ってもらえませんか?」
ギルドからの帰り道に、ミリアの口から思わぬ言葉がこぼれた。いや、他の相手であれば普通の言葉なのだが、ミリアがそんなことを言うのは珍しい。
というのも、ミリアはこちらから確認をしなければ自分の意思を出すことがほとんど無い。これは以前ミリアが話していたのだが、
「メイドたるもの、御主人様に、”こちら”からお願いをするなど失礼です。」
とのことだ。
そのため、私から彼女に「何か食べたいものはないか?」「行きたい場所は無いか?」などの質問をすることが多い。
そんな彼女が「一日、付き合って欲しい」と言ってくれたのだ。メイドと御主人様ではなく、対等な関係に近づいた気がして嬉しくなる。
「何でも付き合うよ。」
身を乗り出して答えると、ミリアは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そう言えば明日は元々、私だけが休暇を貰う予定だったのだが、昨日、急遽、私と休みを合わせるように休暇申請を行ったのだ。余程の何かがあるのだろう。
◆◆◆◆
朝、目を覚ますと、いつも通りメイド服姿のミリアが朝食を作っていた。
ミリアが来るまでは朝食などパンとミルクで済ませていたのだが、いつの間にか、朝からちゃんとした食事を摂ることが当たり前になってしまったようだ。いや、思えば朝だけではない。
私は3食とも美味いとも不味いとも感じることなく、パンとミルクをただただ接種していた。このまま、何も感じることなく――考えることなく、命が付きてしまえば良いと考えていたのだ。
「おはよう」と声を掛けると、こちらに気がついたミリアが目線だけこちらに向けて、「おはようございます」と言った。
彼女の持つフライパンの中身を見ると、卵が綺麗な三日月型になりプルプルと震えている。今日の朝食はオムレツのようだ。
私は、彼女が料理をする後ろで皿の上にパンを並べ、大きな鉄製の牛乳缶からピッチャーに牛乳を移した。この牛乳缶の下に氷の魔石が埋め込まれており、常時一定の温度で牛乳を保つことが出来るのだ。
私の動きに気がついたミリアは慌てた様子で、「私がやるので座っていて下さい。」と話す。
私はテーブルの上に先ほど並べたパンや、ミルク、その他の食器などを並べながら、
「2人で手分けした方が早く済むだろう。」
と返した。
暫くすると彼女は綺麗に盛り付けられた大きなオムレツを2皿、テーブルの上に乗せた。彼女の作ったオムレツは焦げ目が1つもなく、表面がツヤツヤで食べるのが勿体なくなるような見た目だ。
2人で「「いただきます」」と手を合わせて、オムレツをナイフで割る。すると中に入ったチーズが溶け出し良い香りがする。それと同時にあることを思い出した。
「もしかしてこのオムレツ、ミリアが以前作ったときに、私が『今まで食べた食事の中で一番美味い。』と言ったことを覚えていてくれたのかい?」
「ええ、とても印象的出来たので。嬉しかったんです。とても。」
照れくさい気持ちを抱きながらも、一口大に切ったオムレツを口にいれる。その瞬間、口の中が幸せでいっぱいになった。
◆◆◆◆
朝食後、「2人でないと入りにくいお店を廻ろう。」と話し、カップルの多いカフェや怪しい魔道具店、中央市場の怪しい雑貨屋などを見て廻った。
彼女に手を引かれ後ろをついて行く。今日案内された場所は、ミリアがずっと気になっていたのだが、私と一緒に入ろうと思い、我慢していたお店とのことだ。
日が暮れ始め、空が夕焼け色に染まる頃、少し高級なレストランへと入った。
このまま家に帰ったら、ミリアが料理を作り始めかねない。今日一日動き回ったのだから、多少はゆっくりして欲しいと思い、多少強引にレストランへとミリアを連れ込んだ。
ここは以前、ルークに紹介してもらったレストランなのだが、大正解だった。彼の場合、暇なときは女の子に声をかけて食事に誘っている。そのため様々なお店を知っているのだ。
帰り道、王国内で最も有名な公園を歩いていると、ミリアがふと足を止める。私も足を止めると、ミリアは繋いだ手を離して走り出して女神様の像の前に立ち手招きをする。
この女神様は、人間が生まれるよりも前にから存在し、魔物や植物に魔法を与えたとされている。
私はミリアの方へと歩き彼女の前に立つと、彼女は身体を屈めて私の唇を奪った。
「私、セツナ様に出会えて……そして、セツナ様と一緒に暮らせて最高に幸せです。セツナ様は、私との暮らしはいかがでしょうか?」
「そうだな、初めは『他の人と暮らすなどごめんだ。』と思っていたが、今はミリアが来てくれて本当に良かったと思っている。君のお陰で、もう少しだけ生きてみようと思ったよ。」
「ありがとうございます。じゃあ、1つお願いをしても良いですか?」
「なんだい?」
「今晩は、貴方の方から私のことを抱いて下さい。」
◆◆◆◆
朝、一糸まとわぬ姿で目を覚ますと、テーブルの上に一枚の書き置きが合った。
「大変申し訳ございません。誠に勝手ながら、本日を持って専属メイドとしての契約を解除いたします。そのため、もう、セツナ様と一緒に過ごすことは出来ません。セツナ様と過ごした日々が、私の人生の中で最も幸せな時間でした。本当にありがとうございました。」
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