第70話:勇者と経営者2

◆◆◆◆


 アルと私は、小さなバーの前で待つセルジュと合流した。セルジュはCLOSEと書かれたプレートを無視して店の扉を開ける。


 まだ、開店前にもかかわらず、マスターは扉をくぐってきた男がセルジュだと気がつくと、快くカウンター席へと案内をしてくれた。


 セルジュはウイスキーのロックを注文し、我々にも注文を促す。私はミルクを、アルはセルジュと同じものを注文し上級銀貨をテーブルに乗せると、マスターは手慣れた手つきで、注文された飲み物をグラスに注ぎテーブルの上に並べた。


 セルジュは肩肘を付きながら、グラスに入ったウイスキーをくるくると回し、こちらを横目で見る。


「しかし、改めて見るとお前ら、背伸びして赤線へと遊びに来た”ませガキ”2人組にしか見えないな。」


「バカにしてんのか?」


「いや褒めている。これならば、奇襲を行いやすい上に人に取り入ることも容易だ。」


 セルジュはグラスの中身を一口飲み、ため息を吐き話し始めた。


「確かお前らは、クレタスの大臣就任後の、赤線内の状況を知りたいんだったな。」


「ああ、とにかく情報が欲しい。」


「赤線内では、意見が2分している。


 1つ目が、赤線から離れ、別の国にある赤線と同様の集落へと亡命すること。剣の国のような大国であれば、必ず落伍者達の受け皿になるような場所が存在するはずだ。


 そして、もう1つがクレタスのことを止める。赤線内に出入りする貴族も多い。赤線の中で密談を行う貴族は多くいるからな。そのため、コネクションのある貴族達を中心に、クレタスに圧力をかけるように働きかけている。


 逆に俺からも質問をしたいのだが、今の話を聞いて、お前らはどう思う?」


 それまで黙っていたアルが、グラスの縁を指先でなぞりながら口を開く。


「クレタスが赤線を潰すよりも前に、内部崩壊をするように思えた。これは、今の話を聞いただけの俺の予想なので話半分に聞いて欲しいのだが、他の国に移動できる者が立ち去った後、残る者達は、クレタスに対して良い感情を持たないもの達だろう。貴族達に頼み圧力をかけて貰っていると話していたが、もしクレタスが、そんな圧力に屈するような人間であれば、幾つもの事業を成功させることなど不可能だろう。」


 アルは、グラスの中の丸い氷に指先を当てて魔力を込める。そして小声で詠唱すると、氷が3つに割れた。そして、グラスを揺らすと割れた氷同士がぶつかり、カチャカチャと音が鳴る。


「そうすると、赤線内では、『クレタスの説得を続ける者』『クレタスを討とうとする者』『クレタスに迎合しようとする者』など、意見が分かれ、それぞれで衝突が起こるだろう。」


 確かに、赤線内で人々の衝突が起これば、クレタスが手を下すまでもなく赤線を潰すことが出来る。しかし、分からない点が1つある。


「あのさ、クレタスは何故、赤線を潰そうとしているんだ? 赤線内の人々に、税を収めさせるように誘導するのが普通だろう。もし、赤線内で衝突が起こったら、税を収める人が減り、結局、今と変わらないのでは無いか?」


 アルは頭を抑え、少し考える。そして顔を上げるとグラスの中の3つの氷の内、2つに指を当てて魔力を込めて溶かした。


「クレタスは確か、武器の販売事業や、魔導書の販売事業も行っていたよな。であれば、クレタスに迎合しようとする者――つまり、赤線内で恒久的に税を納め続けることが出来る者を選別し、そいつ等に武器や魔導書を横流しすることで、王国に税を納められない者を排除しようと考えているのではないか?」


 アルの意見には説得力があった。もし、赤線内からも税を取る場合、資金的に税を収めることが出来ない者もいる。無い袖は振れないのだ。


 しかし、そんな者に対しても、平等に王国民と同様の権利を与える必要がある。


 つまり、今のままクレタスの政策を実行すると、徴収する税金の増加は少なく、社会保障費用が大きくなる可能性があるのだ。


 そのため移住民の選別を行う。実に合理的で、経営社であるクレタスの好みそうな作戦だ。


 セルジュが頭を掻きながら、私とアルを見る。


「東ギルドのメンバは優秀だな。今、赤線内では彼の話したことが起こりつつある。貴族達から圧をかけてもらっているのだが、クレタスは自身とコネクションのある優秀で、権力のある庶民と共に様々な政策を進めている。


 貴族達との繋がりが低く、圧をかけたところであまり効果が無いようだ。しかも王国の運営を行っている上級貴族との繋がりが強いらしく、並の貴族の場合、下手に立ち回ると全てを失ってしまう。そのため、強く出ることが出来ない。その結果今、赤線内で様々な枝葉の意見がある。」


「クレタスの狙いが確定したわけではない。まだまだ情報が欲しい。そのため、赤線内外で手分けして情報収集と、状況の監視を行おう。」

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