第30話♡:上に立つ者5

□□□□


 彼女は「0」を宣言すると同時に私の耳に吸い付き、耳の穴に舌をねじ込んだ。


 ねっとりとした水音と、規則正しいバキューム音が耳を突き抜けて脳に直接快感を与えているようだ。


 彼女の舌の動きと吸い上げる音に合わせて身体が痙攣し、自分でも信じられない程――背骨が折れるかと思うくらい背中を仰け反らせている。


 手で口を抑えているが、それでも隙間から悲鳴の様な喘ぎ声が漏れ出てしまう……。

 

 数分しか経っていないのか……それとも、何時間も続いたのか……永遠と思える時間、耳をしゃぶられ……舐められ……やっと彼女の耳なめから解放された。


 満足げな表情を浮かべる彼女とは対象的に、私は”涙”、”鼻水”、”よだれ”など、顔から出る全ての体液を撒き散らしている。この時私は、惚けたような”とろけ顔”を晒していただろう。


「凄い♡これで失神しないなんて……♡」


 再び耳を舐めようとする彼女をブルーノが制止し、私の前にしゃがむ。


 何をされるのかと、力の入らない身体で精一杯身構えると、彼はゴミを見るような目をこちらに向けて話した。


「気を失う前に伝えておく。お嬢ちゃんは『不正や不公平を見逃すことが出来ない』と言ったが、それはお嬢ちゃんが恵まれていたからだ。赤線内でしか生きることが出来ない俺達と、お嬢ちゃんは一生分かり会えないだろう。それでも、もし分かり合いたいのであれば……。」


 そこまで言うと、彼は私のポケットに一枚の紙を入れた。


「俺に連絡してこい。売春相手を紹介してやる。」


□□□□


 セミロングの女性が彼女の横にしゃがみ「私にもヤらせてよ。」と話す。彼女は「いいよ♡」と短く答えた。


 深緑色の髪の女が、ぐったりと横たわる私の脇に腕を入れて無理やり起こすと、私の手を後ろ手にロックし、逆の手で前髪を掴んで前を向かせた。次の瞬間、セミロングの女性が私の頬を平手打ちした。


 心地の良いほどの乾いた音が室内に鳴り響く。首が”もっていかれる”程の平手打ち。


 普通であればヒリヒリとする痛みしか感じないハズなのだが……彼女の平手打ちの衝撃が”脳”と”あそこ”を震わせた……。


 叩かれた部分が熱くなり、熱っぽい感覚が少しずつ全身に広がる。


「(これ……ダメな奴だ……♡♡♡)」


 私の脳が警告を発するが、私の身体――全身はそれを止めるすべが無い……。やがてその熱が”あそこ”に伝わった瞬間、全身に電流を流された様な――物凄い快感が体中を駆け巡った。


「――――――ッッッ♡♡♡」


 歯が割れるかと思うほど食いしばった唇の端から、自分でも今まで聞いたことのない程、甲高い悲鳴が上がる。


 深緑色の髪の女は、いつの間にか私の腰に、後ろから両足を回しガッチリとホールドしているため、身体を仰け反らせて快楽を逃がすことも出来ない。


 そして、耳元に唇を寄せて囁く……先程までのおっとりとした口調がまるで嘘のような……背筋が凍るような静かな声で……。


「イキ狂え……。」


 再び耳なめが再開される。しかし、先程よりも遥かに激しい。


 いやらしく――下品で――脳を溶かす音の拷問。


 私の耳穴と彼女の舌で行為を行っているかのような水音と、耳にキスマークが付くのではないかと思う程の激しいバキュームが、私の脳の許容量を遥かに超えた快感を流し込み、眼の前をバチバチとスパークさせる。


 そして、自分でも驚くくらい下品な――獣の咆哮の様な声を上げ、視界がブラックアウトした。


 失神する直前に、地面に転がる短剣が見えた。その短剣は、ビールと私の愛液……そして私の小便に塗れていた……。


□□□□


 目を覚ますと、そこは南ギルドの医務室だった。


 お父様とエルザの心配そうな顔が見える。周りを見渡すと、私のベッドを囲むように、お母様と嫁に出た2人の姉上が集まっている。


 私のとこを心配した南ギルド長の命令で、2名のギルド職員が私のことをずっと偵察していたらしい。


 そして、私の咆哮がバーの中から聞こえたため、突入をして私を救出したとのことだ。


 国王様から承った短剣も回収してくれたようで、綺麗に磨かれ私の枕元に置かれていた。


 身体を起こそうとしたが、衣服が肌と擦れた瞬間、身体がビクンと跳ね、下半身がじんわりと熱くなる……まだ媚薬が抜けていないようだ。


 ベッドに潜り直すと、次女のサフィーアが私の顔を覗き込む。私と同じブロンドヘアーだが、彼女の髪は短く、小さなポニーテールに纏めている。普段は顔を見ただけで快活だと分かるような笑顔を振りまいているが、今は涙を浮かべ神妙な表情をしている。


「フェリシア!!!何を考えているの!!!貴女にもしものことがあったら私は……。」


 そのまま、私のベッドの端に突っ伏して号泣する。


 そんな彼女の頭を撫でながら、長女のコリーヌが伏し目がちに私を見る。彼女は、私達よりも色が薄く銀色に近い髪の毛をシニョンにまとめている。伏し目がちだが凛とした目つきだ。


「フェリシアちゃん。今回の連絡を受けた時に、私達がどれだけ心配したか分かる?」


「申し訳ございません……。」


「ブルーノ=フォントランを拘束したわ。赤線内の人物なので、もし貴女が望むのであれば彼の首を刎ねることも出来る……。貴方はどうしたい?」


「……彼を開放して下さい。今回の非はワタクシにあります……。」


「そう……。私もそれが良いと思うわ。ただ、貴女のことだから、『正しく裁いて欲しい。』と言うと思ったのだけれど……大人になったのね……。」


□□□□


 私は媚薬が抜けきるまで、暫くの間自宅待機になった。

 

 夜、私の自室には、ネグリジェ姿の私とエルザしかいない。私はベッドから立ち上がり、エルザの方を向いて「んっ」と両手を前に突き出した。


 エルザは私が何をしてほしいのか察したようで、私の頭と腰に手を回しギュッと抱きしめる。エルザの胸が私の胸を押し、形を変えるが、そんなことはお構いなしに……痛いほど力強く私を抱きしめた。


「お疲れ様です。フェリシア様。」


 私はエルザの言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出してきた。なるべくエルザに悟られまいと声を押し殺すが、恐らくエルザも気がついているだろう。

 

 私は今まで常に、与えられるものを受け取るばかりだった。


 与えられた飯を食べ……。

 与えられたものを学び……。

 与えられた人生を歩んできた……。


 そしてそれを、自分で考え……自分の努力で乗り越えてきたと思っていたのだ……。

 

 ”この国に住まう人々のことを何も理解していない――。”


 今は、お父様から言われたこの言葉の意味が痛い程よく分かる……。


 私は、涙のせいなのか、抜けきっていない媚薬のせいなのか分からないまま、エルザの腕の中で身体を震わせながら泣いた。

 後日、私はエルザを連れてこの家を出ることにした。

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