第29話:上に立つ者4
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ジョッキから垂れる水滴が規則正しく私の脳天を叩く。前髪が肌に張り付き気持ち悪い。
何故私が酒をかけられないと駄目なのか……。
何故このような仕打ちを受けなければならないのか……。
ジョッキを持つ彼女は、今にも泣きそうな悔しそうな表情を浮かべている。赤みがかったセミロングヘアーの彼女は、静かな声で淡々と語り始めた。
「私、貴族が嫌いなの。私の息子は半年前に亡くなったわ。貴女達、貴族のせいで……。」
怒鳴るわけでも震えるわけでも無く、淡々と彼女は話を続ける……。気が強そうな瞳の端に涙を貯めながら……。
「私達家族は国境付近の街で暮らしていたの。ある日、戦線が下り、私達の暮らす街も戦争に巻き込まれたわ。その時、私の旦那は、私と病気の息子をを守るために徴兵に応じて命を落とした……。どこにでもいる、優しくて笑顔が素敵な、ごく普通の人だったわ……。その時、その街の領主はどうしたと思う? 騎士団の兵士を護衛に付けて、我先にと逃げたのよ。『この街の人員を徴兵させるから、私を守るくらいの兵員は捻出出来るだろう。』だってさ……。」
本来であれば、領民を守るための領主が……。だが、今の貴族達の腑抜け具合を見れば十分にありえる話だ。戦時にも関わらず、自分達は安全な場所から指示を出すばかりで、命をかけている者など数人しか心辺りが無い。それに、その指示も保身を考えた消極的なものばかりであり、そのため、ここ数年間、戦局が膠着状態となっている。
「その後、私達は職を求めてここ――城下町にたどり着いた。旦那の代わりに息子の薬代を稼ぐ必要があったから……。私に出来ることは何でもしたわ……昼は日雇いの仕事を掛け持ち、夜は身体を売った。それでも、息子の薬代と食費を稼ぐのがやっとだった。そんなある日……税金が値上げされた。」
戦局が一時的に魔族側に傾いた際に戦争資金を捻出するためとして、戦時特別税が大きく値上げされたのだ。100年続いた戦時の中で、何度も税額が引き上げられたらしい。
貴族である我が家は税額免除だったため、今まで気に留めたことも無かったが……そんなに厳しいものだったとは……。
「私は食事も睡眠も取らずに働いた。でも、日に日に収入は減っていった。当然よね……顔はやつれ、髪もパサパサ。その上ガリガリに痩せた女なんて、誰も買ってくれないもの……。そして収入が減るにつれ、息子もどんどん衰弱していき、やがて動かなくなった……。息子は餓死だった。病死ではなくて餓死……笑っちゃうわよね。息子の亡骸を抱き上げたら、小麦袋よりも軽かったわ……。」
彼女は堪えきれなくなり、目の端に貯めた涙が流れ始める。私はその姿を見つめながら、彼女の話しに耳を傾けることしか出来なかった。彼女は、その涙などまるで気にも留めずに、表情を変えること無く淡々と話しを続ける。
「私は、私達が命を懸けて収めた税金を使って私腹を肥やし、いざというときに、己の保身しか考えていない、無責任な貴族達がどうしても許せないの。困ったことがあれば貴女に相談すれば良いのよね? じゃあ、私の息子と旦那を……幸せだった日々を返して頂戴。」
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私は今まで何も知らず……知ろうともせずに生きてきた。
でも……彼女には前を向いて、新たな人生を歩んで欲しい。そう思い彼女に言葉をかけようと立ち上がった瞬間、首筋にチクリと痛みが走った。
テーブル席に座っていたもう一人の女性が私の隣に立っている……手には注射器を持って……。
「少しだけ腹がたったから、お・し・お・き。」
注射器を持つ女性は、ウェーブの掛かった深緑色のロングヘアーを手でかき上げた。垂れ目気味の大きな瞳、幼さの残る顔立ちと、おっとりとした喋り口調で一見すると優しそうな印象に見える。
彼女は私の髪をかき分けて、耳元に唇を近づけた。
「今打ったのは媚薬。本当は10倍に薄めて使うんだけど、貴女には原液のまま打っちゃった。」
「ど、どうして……。」
「貴女、衣服が買えずに凍えて死にそうになったことはある? お腹が空きすぎて、生ゴミを漁ったり雑草を食べたことは? 口の中でおしっこをされたことはあるかな? 私は全部あるの。そんな生活を変えるために私自身が売春婦としての道を選んだのよ。それを馬鹿にしないで欲しいな~。それに、私の友達もムカついているみたいだし……。でも、貴女が”私達のことを考えてくれている”ってことは伝わったから、痛いお仕置きじゃなくて、気持ちいいお仕置き。」
彼女が囁き終えた瞬間、一瞬、ゾクゾクと震えるような寒気を感じた。その直後、今度は心臓がドクンと震え、下半身から少しづつ全身に広がるような熱を感じた。
そして、衣服が擦れるだけで全身を愛撫されているかのような感覚に陥る。
全身の神経がむき出しになり、全ての感覚が快感となって下半身――”あそこ”に直結しているようだ。
足腰に力が入らなくなりストンと尻もちを着く。足腰どころか全身に力が入らない……。地面にお尻が触れた刺激ですら快感となり、私は歯を食いしばり声を漏らさないように耐えた。
深緑色の髪の女性が私の前にしゃがんだ。正面から私の首筋に手を回し、再び耳元に唇を近づける。
「すっごいでしょこれ。10倍に薄めて使っても、エッチすると失神しそうになるのに……。今、風に吹かれただけでイッちゃいそうなんじゃない?」
少し舌足らずな彼女がおっとりとした口調で囁くたびに、快感が全身を駆け巡る。
声を抑えるため両手を口に当てていると、彼女は少し不機嫌そうな口調で囁いた。
「5秒以内に感想を教えて。もし、5秒を過ぎたら、もっと凄いお仕置きしちゃうから。」
これ以上、彼女に弄ばれるのはヤバいと思い、手を口に当てたまま息を整える。
「ごぉ~お♡」
「よぉ~ん♡」
「さぁ~ん♡」
「にぃ~い♡」
「い~ち♡」
……
彼女は焦らすように、わざとゆっくりとカウントダウンを行う、そして、私の回答を待つように「1」からカウントを開けている。
私は息を吸い振り絞るように声を上げた……自分でも驚くほどか細い声だ……。
「おかしくなっちゃう……やめて……。」
「ぜろ♡」
「ぜろ♡」
「ぜぇ~~~ろ♡」
彼女は私の言葉に被せるように「0」を宣言した。
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