第28話:上に立つ者3

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 お店自体は狭くカウンター席が6席、カウンター席の後ろに2人がけのテーブル席が3つのみだ。店内はピカピカに掃除されており、ここが赤線内であることを忘れそうである。


 カウンターの中では、細身で口ひげを生やし、シワ1つない白シャツに黒のベストを着ているマスターが、グラスを磨いている。彼の後ろの棚には様々なボトルが並べられていた。


 まだ夕方であるため、人の入りが少ないようだ。テーブル席に胸元の空いたドレスを着た女性が2名。入り口に1番近いカウンター席に酔い潰れた男性が1名、そして、カウンター席の1番奥に男性が座っている。


 1番奥の男性は、ツーブロックのブロンドヘアー、ピシッとしたYシャツの上に高級なスーツを羽織っている。年齢は20台後半くらいだろうか。目つきは鋭く、つまらなそうな顔でロックグラスに入った酒を煽っている。私はその男の隣に座った。


「貴方がブルーノさんですわね。」


「ああ。」


 店内の明かりを反射し、キラキラと煌く丸いロックアイスをカラカラと鳴らしながら、空のグラスを見つめ短く答えた。私のことなどまるで興味がないように……。


「マスター、この人におかわりを1杯、後、私にもこの方と同じものを。」


 上級銀貨数枚をカウンターに置くと、マスターは手慣れた手付きで2つのロックグラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぎ、私とブルーノの前に置いた。


「私はファリシア=ネイト=ローズ、これは私の奢りですわ。その代わりウイスキー1杯分、私とのお話に付き合って下さらない?」


「構わないが、お前のようなお嬢ちゃんが俺に何のようだ。」


 ようやく私の方を向くが、その眼は気怠げで真面目に会話をする気が無いように見える……。ハッキリ言って苦手なタイプだ……。


「率直に話します。南ギルドと提携をして頂けるかしら。」


「内容は?」


「仕事内容は2つ、1つ目はクエストの中で女性の対応が必要な仕事を斡旋します。家事代行や呼び込み業務など、女性の方が需要のある業務を優先的に斡旋し、本当は売春をしたくない女性達に対応して頂きますわ。2つ目は赤線内で発生する問題解決の支援。流石に売春の手助けは出来ませんが、それ以外にも色々な問題ごとが赤線内で発生するかと思います。それらの問題の解決を南ギルドが支援いたしますわ。」


「俺達のメリットは?」


「業務量に応じて貴方が今、売春婦達から毎月貰っている金額以上のお支払いします。また、売春婦向けに、足抜けの支援も致しますわ。」


 この国では、男性の方が女性よりも大きな収入を得やすい傾向にある。しかし、どうしても女性の方が重宝される仕事も存在する。


 冒険者は男性が多いため、女性が重宝される仕事を売春婦達に任せることで、より多くのクエストで満足度の高い結果を得ることが出来る。


 また、売春婦達としても売春以外の業務に殉じることが出来るため、別の人生を歩む足がかりになるだろう。


「ギルドから俺達に、正規金額の支払いを貰える保証は?」


「支払いは事前に冒険者ギルドと正規の契約を交わします。なので、安心して業務を行っていただければよろしいかと。」


「俺たちはお前達のことを信頼していない。以前、提示されたクエストをこなしたが、支払いを貰えなかったことがある。それは今も踏み倒されたままだ。」


「我々は必ず正規の金額を支払います。それに、どこのギルドに踏み倒されたのか教えて頂けましたら、私が必ず取り立ててみせますわ。」


「俺がお嬢ちゃんを信頼する理由が無い。悪いな。」


 ブルーノは気怠げな瞳をカウンターに移して、ロックグラスに入ったウイスキーを一口飲む。


 彼の表情は「もう既に会話は終わりだ。」と言っているようだった。しかし、私もこのまま引き下がる分けにはいかない。


「私、不正や不公平を見逃すことが出来ませんの。この赤線内に暮らす人々も、本来であれば王国の一員です。それなのに王国の支援が届かず、生活が困窮している方が多いと伺いました。それに、病気になるまで働かされる娼婦や売春婦も多い……同じ女性として見過ごすわけには行きません。何か赤線内で問題が発生した際は、我々、南ギルドに相談して下さいまし。このネイト=ローズ家――”薔薇の紋章”に誓い、必ず貴方達の力になって見せますわ。」


 私はそう言って、太ももにつけていた鞘から短剣を抜き出しカウンターに置いた。


 短剣の鍔は豪華に装飾され、柄頭に薔薇の紋章――ネイト=ローズの家紋が刻まれている。


 これはお父様が貴族として認められた際に、国王から承ったもので、ダニエル=ネイト=ローズ自身、そして、その妻と子供だけが持つことの許される短剣だ。


 短剣をカウンターに置いたその瞬間、頭に冷たいものがかけられた。匂いからビールだと気が付いた。


 恐る恐る後ろを見ると、テーブル席に座っていた女性の一人が、私の頭の上で空になった木製のジョッキを逆さまにして持っている。


 何が起きたのか――何故なのか分からないまま、私は彼女を見上げることしか出来なかった……。

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