第27話:上に立つ者2
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――5年前――
「な……何かの間違えですわ……。」
無骨な石造りの壁の中央に設置された、高さ約3mの木製の両開き扉が開けっ放しとなっている。
いつもと変わらず、西洋甲冑を身に着けた騎士が2人、扉の左右を守るように立っていた。
扉の中にある大きな木の枝がそよぎ、カサカサと心地よい自然の音楽を奏でる。まだ春先だと言うのに頬を触れる風は暖かく、本格的な春の訪れを予感させた。
そんな大きな木の前に設置された掲示板。いつもは、騎士団内の通知事項などがびっしりと書かれているはずだが、今日は、3桁の番号が約100程書かれている。
そう、今日は年に2度開催される、騎士団員選抜試験の結果発表日なのだ。そして、何度確認しても私の番号は掲示板に書かれていない……。
不合格になることなど微塵も考えていなかった……。
騎士団の養成学校を首席で卒業し、学長からの推薦状も頂いた。
「形式ばかりではあるが試験を受けて欲しい。」とのことだったが、試験準備をバッチリと行い筆記試験は自己採点で満点。
実技試験は模擬戦で3戦3勝を上げた。戦中ということもあり大量採用を行っているこの試験で、私が不合格になることなどありえない……。
隣で静かに佇んでいる侍女のエルザを見た。
綺麗に切りそろえられたショートボブの黒髪に、黒を基調としたメイド服を身に着けたエルザが、伏し目がちなその瞳をこちらに向け、薄くリップの引かれた瑞々しい唇を開き、事務的な口調で淡々と喋る。
「仕方ありませんね。一旦家に戻りましょう。」
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馬車が家の前に止まると飛び降りるようにキャビンを降り、エルザの手を引きながら駆け足で休暇中のお父様の元へと向かった。
「お父様!!!確認したいのですが、今回の騎士団員選抜試験に関して何か細工をなどを致しませんでしたか!?」
私のお父様は軍神と呼ばれ、騎士団の中でも大きな影響力を持つ。
今回の試験結果は、お父様が私を騎士団に入隊させないよう何か工作をしたに違いない。
お父様は、斜めに流した白髪交じりの短髪を掻きながら、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「ああ、お前の入隊を止めたのは私だ。試験担当に、お前を不合格にするよう指示を出した。」
「何故ですか、お父様!!!私、とても優秀ですのよ!!!私が魔族達を倒し、必ずやこの国を平和に導きますわ!!!」
「私が心配しているのは、そういうところなんだよフェリシア。大きな目標を掲げることは良いのだが、足元が見えていない。お前は、この国を平和に導くと息を巻いているが、この国に住まう人々のことを何も理解していないんだ。これも貴族の称号を承ってしまった弊害なのかもしれないな……。このまま、お前が剣を振るい続けたら、魔族達を倒すことが出来たとしても、同じ刃で守るべき民達を傷つけかねない。それが恐ろしいんだよ。」
この国に住まう人々のことを何も理解していない――。18歳の私は、この言葉の意味を理解していなかった……。
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お父様の勧めで、冒険者ギルドの職員として働きながら騎士団入団を目指すことになった。
ギルド職員は、騎士団よりも民衆に近い存在だ。しかも、剣を振るう機会もある。私の勉強には絶好の環境だった。
ギルドで働き始めてから数ヶ月が経った頃、1つ気になることがあった――赤線の存在だ。
地理的には王国内の領土ではあるが、王国とは認められていない――いわば王国に見捨てられた民。
特に赤線内で働く女性は、ほとんどが娼婦もしくは売春に関わる者だ。同じ女性として見逃すわけには行かない。
恐らく、娼婦や売春婦として働く女性達は全員、生活に困窮しているか借金のカタに売られ、無理やり働かされている人達なのだろう……。であれば、他に収入を得るための方策よ用意することで、彼女達を解放出来る。
この赤線を正常化し、この地域で暮らす人々に自身が本当に歩みたい人生を歩んでもらう。これが冒険者ギルドで私が行うべきことであり、延いては人々のことをより理解することに繋がると考えた。
「では行ってきますわ~!!!」
当時の南ギルドのギルド長に挨拶をする。
お父様よりも更に年上であろう彼は、眉を顰め心配そうな表情で私を見つめる――当然だろう。赤線内は治外法権であり、そんな危険地帯に女性一人で出入りすることなど普通はない。
しかし、私は十分に稽古を積んできた。暴漢が何人束になろうと薙ぎ払う事が出来る自信がある。
私は、困ったような顔で微笑むギルド長に手を振り外へと出た。
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今日の交渉相手はブルーノ=フォントラン――娼館ではなく、道端で売春をする女性達を取り仕切る赤線内の権力者だ。
売春は娼館に務めるよりもリスクが高い。客との金銭トラブルだけではなく、売春婦同士の縄張り争いなどもある。
彼は、売春婦達達から売上の一部受け取ることで、これらのトラブルを解決しているのだ。
これ以外にも色々な噂を聞く人物だが……ともあれ、彼を味方につけることが出来れば赤線の正常化につながるだろう。
そんなことを考えている内に、彼との交渉の場である赤線内のバーへとたどり着いた。
ひび割れた分厚い石造りの壁に、隠し通路につながる入り口のような小さな扉、まるで来るものを拒んでいるようだ。扉の上には店名の書かれた小さなプレートが設置されている。
私は新たなダンジョンに潜るような気持ちで、その扉を開いた。
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