第26話:上に立つ者1

【注意:このエピソードでは、話の視点が切り替わります】

□□□□:フィリシア=ネイト=ローズ視点

◆◆◆◆:セツナ=タツミヤ視点



□□□□


 草木も寝静まる深夜、体が全て埋まってしまうかと思う程、ふかふかのベッドの上で私は飛び起きた。


 辛うじて叫び声こそ上げなかったものの、額にも背中にも冷たい汗がビッシリだ。胸を抑え、呼吸を整える。すると、隣で寝ている侍女のエルザも目を覚まし、私の頭を抱きかかえた。


 一糸まとわぬ彼女の胸の心地よさに、頭を預けながら声を震わせる。


「最悪ですわ……。」


「また、あの時の夢を見られたのですね。」


「ええ……。あの時のことは、既に私の中で全て終わっているのに……。恐らく明日、赤線内へと向かうことになりますわ。それが……少しだけ……嫌なのかも知れませんわね……。でも、私が南ギルドのギルド長なのだから……頑張らなくてはなりませんわ……。」


「ご立派です。フェリシア様……。」


 そのまま、エルザの腰に手を回し心地の良い心音を聞きながら――お互いに一糸まとわぬ姿でパタリと横になっつた。


 ベッドよりも更にフカフカの枕とエルザの胸に頭を預け、再び眠りに着いた。


◆◆◆◆


「この資料、マジでヤバいだろ……。」


 太陽の光が天窓から燦々と降り注ぎ、東ギルドと全く同じ間取りのバックヤードを照らす。


 中央に設置された大きな木製のスタンディングデスクも、ピカピカに磨かれ輝きを発しているが、ただ一つ、そのデスク上に置かれている資料だけが禍々しいオーラを放っていた。


「ええ、マジヤバですわ!」


 ギルドの扉をくぐり、挨拶をされた時に一瞬誰かと思ったが……フェリシアだ。


 今日はいつもの縦ロールの髪型ではなく、物凄い毛量をポニーテールに結んで、ギルド職員に配布される帽子を被っている。服装も、いつもの赤いドレスではなく、南ギルドのサポ課スタッフが身につける赤い制服だ。

 

 ここは南ギルドのバックヤード。


 先日のアルの件でフェリシアに手伝って貰ったお返しとして、私とルーク、そしてミリアが南ギルドに派遣された。このメンバが選ばれた理由はフェリシアの指名だ。


 業務内容としては、中央銀行会議の事前会議の護衛支援――とのことだが、何やら交渉事が発生する可能性もあるらしく、ミリアも呼ばれたのである。


 今回の事前会議では、汚職事件容疑がかけられている渦中の人物であり、王国中央銀行の幹部であるセルジュ=クヌム=クラヴリーが出席する。


 汚職の内容は簡単に言えば、中央銀行幹部のセルジュから、王国の監査機関を運営する貴族達への賄賂と接待だ。中央銀行が国営資金として預かっている国庫金(国の資金)から資金が漏れており、帳簿をいじることで不正をもみ消していたとの疑惑がかけられている。


 しかもセルジュも貴族であるため、貴族間の不正である。ただし、その証拠自体はどこにも無く、あくまで疑惑として囁かれていた程度だったのだが、それでも一部の庶民からの怒りは大きかった。


「この資料……二重帳簿の証拠資料だよな……。」


「正確に言えば、二重帳簿の証拠資料のコピーの一部ですわ!」

 

 二重帳簿――つまり、不正をもみ消し世間に見せるための表帳簿と、実際の資金運用を記載した裏帳簿が存在するということだ。


 表帳簿だけを作成すれば良いように思うかも知れないが、正しい資金の動きが分からなければ、大きな組織を運営することなど不可能である。


 そのため、この手の汚職事件などでは必ず二重帳簿が存在し、それが証拠となるのだ。


 とは言え、これはあくまでコピーであり、さらに資料の一部のみだ。証拠として、騎士団や治安維持隊に持ち込んだとしても、誰かが悪戯で作ったのではないかと処理されてしまうだろう。


「事前会議までに、セルジュの疑惑をはっきりさせておきたいですわ。そのために、この資料の出処を調べましたの。」


「何か、分かったことがあるのか?」


 頭を抱えていたルークが質問をした。彼はアル件でお世話になったため、言葉にこそ出していないが、「厄介事を持ち込みやがって!」と言いたげな表情をしている。


 フェリシアはそんなルークの表情など、気にもとめずに話を進める。


「このコピー何か気がつくことはありませんこと?」


 ミリアは目を細め、ジッと資料を見た後に口を開いた。

 

「この資料、コピーにしてはかなり精巧ではありませんか? 押印まで完璧に再現されていますし……。」


「流石ですわねミリア! 貴女の言う通り、このコピーはメチャメチャ精巧に造られておりますわ。恐らくこれは、印刷機を使用しているためだと推測しておりますの。」


 印刷機――光魔法を利用し、紙に、文字や絵を印刷するアイテムである。数年前に発明され、印刷物の流通量を爆発的に増加させた――出版業界の常識を変えた技術だ。


「でも印刷機って、一部の新聞社や出版社にしか設置されていないんじゃないか。」


「その通りですわ。普通は印刷機なんて印刷物を発行する会社にしかありませんわ。でも、新聞社の印刷機を新型に置き換える際に、中古の印刷機を1台、買い取った人物がおりますの。それも、我々の目の届かない場所で……。」


「赤線内か……。」


「そのとおりですわ……。」


 普段は自信満々なフェリシアの声色が曇ってる。過去に何かあったのだろうか……。


 私とルークは顔を見合わせた。


「もし、赤線内に行くのが嫌なら、俺とセツナとミリアで行ってくるぜ。女性を2人も連れて赤線に入るのはあまり良いものではないし、ギルドの特色的に、赤線内は東ギルドの方が得意だからな。」


 各ギルドには、それぞれの特色がある。


 南ギルドは騎士団との繋がりが強く、騎士団の手が回らない仕事を回されることが多い。これはフェリシアの持つコネクションが大きいためだ。


 一方、東ギルドは赤線内で解決出来ない仕事を請け負うことが多い。これはルークの方針で、騎士団も治安維持隊も手を出しにくい赤線と繋がりを持つことで、安定して仕事を受けることが出来るのだ。


 フェリシアは心底嫌そうな顔を浮かべながら、


「本当はマジで赤線内に足を踏み入れたくないですわ~……。でも、今回の仕事は南ギルドが引き受けたもの。しかも、大きな事件に絡む可能性がありますので、私も行きますわ~……。」

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