幕間1:拐われた女と拐った男1
○○○○
「(最悪……せめて、もっとまともな服装のときにしてよ。)」
スピードを上げる馬車が小石に乗り上げたのか、ガクンと揺れる。
両手両足はロープで縛られ、口には細く捻ったタオルを猿ぐつわ代わりに噛まされている。極めつけは趣味の悪い妙な首輪だ。まるでこれから行われる行為を示唆するかのように、首元で主張している。
揺れに任せるまま、男の膝に頭を載せ、膝枕のような状態だ。そして、下半身は信じられないことに、大型のゴブリンが男に命じられるまま大人しく私のことを押さえつけている。
――十数分前――
綺羅びやかなテーブルに豪華な食事、そして色とりどりの酒。
停戦直後とは思えないような贅を尽くすこの空間を、本来であればどこかの城内を照らす予定であったであろうシャンデリアが眩しいほど鮮やかに照らす。
テーブルは10席あるが、その全てのテーブルが年齢も様々な男達、そしてその男達の周りを陣取るように女性達が囲んでいる。
女性達は皆、今にも胸元が零れ落ちそうなドレスを身に着け、自身がなるべく綺羅びやかに見えるように着飾っている。
見方次第では嫌味にも見えそうな店内だが、全て調和が取れており、美しくも豪勢なパーティーのようだ。
私は、そのテーブルの隙間を縫うように、肩で風を切りながら歩く男性の後ろを一歩下がりながらついていく。
やがて、豪華な室内に負けない程、豪勢に装飾された大きな玄関扉の前で男が止まると、ボーイの2人が玄関扉に駆け寄り2人で片方づつ扉を開きお辞儀をした。
私に向けられたお辞儀でないことは明確だが、私も「(お疲れ様)」の意味を込めて2人に手を振った。
外に出る男の後を、さらについていき、路地を2回曲がった所にある馬車の停留所まで歩く。
太陽が今日の仕事を終え、お月様が頭上の一番高いところ照らしているにも関わらず、そこには何台かの馬車が停留している。
男は一台の馬車の前で止まり御者を見る。御者は休憩を終えて馬車の扉を開く。それと同時に私は頭を下げた。
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
お辞儀した状態で暫く待ち、馬車の車輪が動き始めたことを確認すると頭を上げた。
正直、この仕組みを考えたお店の人間は最低だと思っている。
馬車の停留所までお客様をお見送りすることは良い。しかし、プレイ衣装――大事なところまで透けているシースルーのまま、停留所に出向くことは普通ではない。
今は深夜だからまだ多少マシだが、これが人通りの多い夕方過ぎだと最悪だ。そもそもこんなこと、ここが赤線内だから許されているだけだろう。
まあ何はともあれ、今日の仕事は終了だ。
泊りの予約が入っている場合はこの後さらに一仕事行う必要があり、一晩中お客様の相手をする必要があるため、明け方まで睡眠を取ることが出来ないのだが、幸か不幸か本日はそんな予約は入っていない。
今日も浴場で汗を流してから娼館内の自室で眠ろうなどと考え停留所を去ろうとした瞬間、大きなゴブリンの手が私の口を塞いだ。
○○○○
馬車が急停車した。恐らく目的地に着いたのだろう。
シースルーの上から無理やりジャケットを羽織らされる。このジャケット……騎士団の制服である純白のジャケットだ――ただ、眼の前の男のものにしてはサイズが大きい。
恐らく、この男の仲間にガタイの良い男がいるのだろう。小さな男に促されるまま城門をくぐると大きな石造りの砦が現れた。
戦中に使われていた砦のようで、数々の戦いの跡が見える。
だだっ広い大広間の奥の階段を登り、奥の扉へと通される。
窓がなく小さなランタンのみで照らされているため薄暗いが、中々の広さの部屋だ。
その奥に資料まみれの大きな机が見える。恐らくここが、この男の部屋なのだろう。
男は面倒くさそうに資料を避けて私の顔が見えるよう机の奥にある椅子に腰をかけた。
私よりも背が小さく、一見すると少女のように見えるこの男が、椅子に腰をかけたたため、さらに小さく見えた。
しかし、肩ひじを着いてじっくりとこちらを見上げるその仕草――態度はデカいようだ……。
「運が悪かったな。俺は催眠魔法の研究をしていてね。ゴブリンに催眠魔法をかけて好みの人物を拐うよう命令をしたんだ。その結果、君が選ばれたというわけだ。」
「そう、私の美貌はゴブリンにも通じるというわけね。ありがとう。じゃあ、実験は済んだでしょう。私を赤線内に帰して頂戴。」
「(まあ無理だろうな)」と思いながら確認をする。
実験だ何だと格好つけてはいるが、赤線内から女を拐う理由なんて1つしか無い。性欲の捌け口にするためだ。
赤線内の女が1人拐われた所で、騎士団も治安維持隊も動いてはくれない。まあ、冒険者ギルドは動いてくれるだろうが、赤線外の女を拐うよりも完全犯罪になるケースが多いのだ。
「悪いが、君を返すことは出来ない。君にしか出来ない仕事をしてもらう。」
拐われた時点で覚悟はしていた。それに私も娼婦の端くれだ。ヤるからにはどんな乱暴をされようと、相手の足腰が立たなくなるまでヤり尽くしてやる。
私はジャケットのボタンを外しながら確認をする。
「分かったわ。相手は何人? 私のテクニックで全員干からびさせてあげる。」
「君は何かを勘違いしていないか。君の仕事は彼女と会話をすることだ。」
男はそう話すと、山積みの資料の影から現れた銀髪の少女の背中を押した。
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