幕間13:if~姉が孕んだ未来~2

◆◆◆◆


 騎士団を抜けてから2年が経った。


 剣の国の外れにある田舎――この村は一面の麦畑が広がっており、その麦畑から少し離れた小さな家に、家族3人で暮らしていた。


 丁度これから麦を収穫する時期なのだが、若者たちはこの村を離れ都会へと出ていくため、とにかく人手が足りない。


「去年教えたとおりだから、張り切って働いておくれよ。」


 デニム生地のオーバーオールを身に着けた恰幅の良いおじさんに肩を叩かれる。私は「ええ」と返事をして、早速、麦畑へと向かった。


◆◆◆◆


 騎士団を抜け、王国の県境付近にある農村へ向かった後、毛皮を運ぶ、輸出用の馬車に忍び込んだ。騎士団の目から逃れるために、国外への逃亡を企てたためだ。


 しかし、普通の馬車に乗り国外へと逃亡した場合、門を抜ける際に足が着く。そこで輸送用の荷馬車で亡命をすることを考えたのだ。

 

 輸送用の荷馬車に忍び込むことは、他国へ入る際の積荷検査で見つかるリスクもある。そのためリスクを減らすために毛皮を運ぶ馬車を狙った。


 王国が毛皮を輸出している国は、王国の隣国で北に位置する剣の国と、剣の国よりもさらに北に位置する錬金の国が多くを占めている。


 両国とも王国との貿易が盛んであり、王国の商人と検査官との関係が深いため、検査が甘いらしい。


 数時間の間2人で息を殺しながら隠れていたが、思ったよりもあっさりと亡命が出来た。


 その後、なるべく人目のつかない場所を探し、今暮らしている村へとたどり着いたのだ。


 村の人達は何かを察したように、我々のことを暖かく迎い入れてくれた。


 16歳の夫と18歳の妻の遠い島国出身の夫婦――しかも妻は身重……。普通であれば、関わりたくない存在だと思うのだが、村長は私達に住む場所と仕事を用意してくれたのだ。


 あまりにも良くしてくれるため理由を聞くと、


「孫程の年齢の夫婦に頭を下げられたら、悪いようには出来ないだろう。それに我々としても働き手が必要だからな。」


 とのことだ。


 それから刀を鍬に持ち替えて、畑作業に精を出した。


 この村は若者が少なく、30代でも若者扱いをされる。


 我々は村民達から、子供同然に扱われていた。そのため出産直後は、それはもう大騒ぎだった。村中の人達が家に押し寄せ、数々の祝福の声を頂くと共に、生まれたばかりの我々の子が多くの人達に抱きかかえられた。


 そのおかげか、私とリンの子供にもかかわらず、人見知りをせずに育っている。


◆◆◆◆


 夕方になり、麦刈りの仕事も一段落する。


 今日は、昼休み以外はずっと麦を刈っていたため、腰も足もバキバキだ。鎌を腰に引っ掛け、「ん~」っと一伸びしてから、最後の麦束を抱え、”はさ”に掛けた。


 今日の分は粗方片付いたため、少し早めだがみんなに挨拶をして村長の家へと向かう。


 剣の国は、その名の通り剣術が盛んであり、国の外れにある農村も例外ではない。冬の時期には村対抗の剣術大会も開催される。


 昨年、私も出場した剣術大会は、1つの村から5人を選出し1人ずつ戦う団体戦だった。


 私は勝ったのだが、他の人達が負けてしまい敗退となった。しかし、その時の戦いぶりを評価され、週に2回、仕事終わりに村長の家の前にある小さな道場で、村民達向けの剣術指南を行っている。


 毎年ボロ負けしているらしいのだが、”戦える若者が加入したので、今年こそは”とみんな燃えており、仕事そっちのけで稽古に参加する人までいる始末だ。


 村民達はみんな筋が良い。


 話を聞くと、剣の国の人達は子供の頃に、親から剣術を習うそうだ。流石は国民が剣を持ち自由を勝ち取った国だ。大人になってからは、子供に剣術を教えるときくらいしか剣を握らないらしいのだが、三つ子の魂百までとは、正にこのことなのだろう。


◆◆◆◆


 今日の仕事を全て終え家へと戻る。


 家の扉を開けて「ただいま」と言うと、リンが扉の前に駆けてきて、私の首元に腕を回した。


「今日は遅かったわね。剣術指南?」


「ああ、今年の剣術大会に向けて、村の人達、張り切っているんだ。」


 リンはショートボブに髪を斬り、生地の厚いネグリジェの上にストールを羽織っている。彼女は腕の力を強め、私の顔を引き寄せ軽く唇を合わせた。


「ご飯出来ているけど、食べる?」


「食べる。メッチャおなかすいてる。」


 そう話すと、リンは私の首に回している腕を外し、小走りでキッチンへ向かう。


 私は、子供用のベッドに寝しつけられている、私とリンの子供の頭をそっと撫でた。


 この子は女の子で、リン曰く、最近走り回るようになり危なっかしいらしい。リンの口から子供が出来たと聞いたときは、私が父になる実感がなかったが、今は娘のことが可愛くて仕方がない。歩く姿、たどたどしく喋る声、全てが愛らしく、娘を守り育てることこそが、私とリンが生きる意味にすら感じている。


 リンに後ろから耳元で囁かれた。


「可愛のは分かるけど、やっと眠ったんだから起こさないでね。」


「分かっているよ。」

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