第64話:重い刀、軽い刀4
◆◆◆◆
「今日半日、ジンロク爺さんに打ってもらった蒼鉄(ソウテツ)を使ってどうだった?」
「少し怖かった。」
私は、布団の上であぐらを組み頭に手をあてながら応える。
ジンロク爺さんに伝えたことは、もちろん嘘ではない。「一緒に戦ってくれるように感じた」その言葉に一切の偽りはない。しかし、それと同時に若干の恐怖心も覚えてしまったのだ。
ツバキの父の刀に居合い切りを合わせたとき、刀自身が私の心を読んで動いたような感覚があった。
刀の重量が無くなり、自分の限界を超える速度で抜刀をした。本来であれば、自身の刀の鍔に近い位置で相手の刀を弾くつもりだったのだが、剣速が想定以上に疾く、結果的に相手の刀を剣先で捉えた。
さらに、刀身が真紅に染まった瞬間の切れ味は尋常ではなく、相手の刀を”斬った”のだ。あの瞬間の切れ味は、鉄(クロガネ)を凌駕するだろう。
「私も、半分だけ同じ感想。私はツバキの父上の首元に刀を打ち付けたとき、刀に動かされたような感覚がして、想定外の剣速で抜刀をした。でも、もう半分は安心感がある。剣速が速すぎて『怪我させるかも』って思った瞬間、剣速が少しだけ落ちた。結果的に怪我なく気絶させられたのだから、本当に、私と一緒に戦ってくれたんだと思う。」
リンは鞘に収めた蒼鉄を取り、座ったまま鍔元に頬につけ鞘を指先でなぞる。私は四つん這いで彼女に近づき、彼女の刀の鞘に手を当てながら話した。
「ジンロク爺さんは、この刀のことを『持ち主の腕と心が試される刀だ。』と話していた。この刀を使いこなすには、蒼鉄自身のことを信じなければならないのかもな。まあ、私は、今でも恐怖心が払いきれていないが、ジンロク爺さんが相手を斬ること以外のために打った、この刀を腰に刺そうと思う。」
「そうね。私も同意。」
リンは刀を枕元に置き、布団の上にコテンと横になる。肌着が乱れ、艶のある長い黒髪が乱れた。
「リン姉、はしたない。」
「別に良いでしょ。アンタしかいないんだから。それとも、気になっちゃう?」
そう話すと、肌着の胸元を指先で摘み、わざと胸元を少しだけ開ける。
「馬鹿なことを言ってないで、もう寝なさい。」
掛け布団を剥がしリンに掛ける。その瞬間、リンの頭までかぶせた掛け布団から腕が伸び、布団の中へと引きずり込まれた。
真っ暗な布団の中でリンに抱きしめられる。
「一昨日の続きだけど、セツナとクラウディアちゃん、そしてミリアさんとはどういう関係?」
「ディアとは”ただの”ギルドの先輩後輩だし、ミリアは”ただの”仕事仲間兼、家で雇っているメイドだよ。」
「”ただの”って本当?」
「……。」
ただの仕事仲間……というのは嘘になる……。
ディアとミリア2人に対して、ただの仕事仲間と言うよりも深い感情を抱いている。ただ、それが恋愛感情と言われると、違う気がする……。何と言うか、ディアは妹、ミリアは姉のような……。だが、家族と同じ感情を抱いているかと言われると、それも違うような……。
王国の中央市場でアルがミラとの関係を聞かれたときに「”ただの”会社の同僚」と答え、それを咎めたが、いざ自分が質問をされると上手く説明できないものだ……。
「リン姉は、あの2人と私の関係を、何でそんなに気にするんだ?」
「もし将来、あの2人のどちらかと家族になるのなら、早いうちに知っておいた方が良いでしょ。で、どういう関係?」
くっ……話を逸らすことは出来ないようだ……。
「私自身でも上手く言葉にすることは難しいんだ。ディアはとても大切な後輩だし……もちろん女性としての魅力もあるけれど、恋愛的に好きというよりも……家族に近い感じだ。ミリアも大切な同僚だし、住み込みで働いているメイドだ。凄く魅力的な女性で、時々、ドキッとさせられることもあるが……やはり彼女も家族に近い……感じかな?」
「ふーん……ずいぶんと歯切れが悪いようだけど、まあ、そういうことにしておいてあげる。」
そう話すと、リンは抱きしめる力を強め、私の首と肩の付け根に噛みついた。チリチリとした痛みが、噛まれた部分に走る。恐らく噛みつかれた箇所に、くっきりと歯型が付いているだろう。
「リ、リン姉!?」
「なんか、ムカついたから……。」
◆◆◆◆
一昨日と同じように、朝起きてすぐに稽古着を身につけて修練場へと向かった。ただし一昨日と異なるところは、腰に刀を携えている点だ。
修練場の扉を開けると、稽古着姿のリンが丁度、居合い切りの構えを取っていた。私が扉を開けたことで、気が散ってしまったのか直ぐに構えを解いて、こちらを向く。
朝起きたときにリンがいなかったので、もしやとは思ったのだが、やはり私と同じことを考えていたようだ。
「リン姉、おはよう。リン姉も、蒼鉄の性能を見るために来たの?」
「そう。極限状態のときに、自分の想定外の動きをしたら命に関わるからね。」
そう話すと、ゆっくりと鞘から刀を抜いて縦に横にと何回か刀を振る。
「でも、ちょっと振るだけだと昨日の感覚にはならないみたい。」
私も刀を抜いて幾つかの形を試す。刀自体は非常に軽く、刃はなくとも真剣であるため、木刀に比べて技のキレが段違いに良い。丁度、今の私でも振り回せるように作られたような刀だ。
しかし、昨日のような――自身の限界を超える動きは出来ない。
「やっぱりこの刀を使いこなすには、心を強く保つ必要がありそうだな。」
恐らくこの時の私は苦い顔をしていただろう。
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