第63話:重い刀、軽い刀4

◇◇◇◇


 腫れた顔を治療したツバキは、目を覚ました男とともに家に帰った。ジンロク爺さんは「ガキが消えて清々するぜ。」と悪態を付きながら、少し寂しそうな表情を浮かべていた。彼には妻も子供もいないため、ツバキとの時間が楽しかったのだろう。


 ツバキはジンロク爺さんに「また、時々顔を出します。」と話、頭を下げて鍛冶場を後にした。


 それから暫くして、セツナとクラウディアちゃんが戻ってきた。若い衆から大事には至らないことを聞いていたが、実際のクラウディアちゃんの姿を見てホッとした。どうしても傷痕は残ってしまうが、傷そのものは暫くすれば治るとのことだ。


 クラウディアちゃん自身から、そのことを確認した後、私とセツナでジンロク爺さんに確認を行った。


「刀之陸さん、悪いんだけどチョット相談が……。」


◆◆◆◆


 リンと私はジンロク爺さんに話しかけた。


「刀之陸さん、悪いんだけどチョット相談が……。」


「刀の代金のことなら、びた一文まけられねえぞ。」


「ですよね……。」


「それにお前ら、鞘から抜いて使っちまったんだから、返品も出来ねぇぜ。」


「手持ちが、金貨300枚も無いんですが……。」


 ジンロク爺さんは大きなため息を吐き、頭を掻く。


「まあ、そんなこったろうと思っていたよ。ここにきたときからな。正直、その刀の使い心地はどうだい?」


 思いがけない質問に少し戸惑う。リンも同じようで、顔を見合わせた。まあ、今日一日を通して、リンよりも私の方が長くこの刀を振るっていたため私が答えた。

 

「軽くて良い刀でした。それに、持ち主と一緒に戦ってくれているような感じがする不思議な刀です。」


 ジンロク爺さんは、鍛冶場にある他の刀を手にすると、鞘から少しだけ刀を引き抜いて話す。


「刀っていうのは誰かを斬り殺すための道具だ。にもかかわらず、てめぇらの親父は『斬れない刀を打って欲しい。』とかほざきやがった。馬鹿にされているのかと思い、初めに依頼された時は断ったんだが『持ち主の思いを汲み取る刀を打てる職人は他にいない。』と言って、何度も頭を下げるものだから、仕方なく引き受けたんだ。」


 今、私の腰に刺している刀を引き抜く。刃は無く刀身が青白く輝いている。


「軽い刀を打つために魔石を練り込み、何度も何度もコイツを叩く内に考えさせられたよ。『刀はこの先も”誰かを斬るためだけの道具”として存在し続けるのだろうか』ってな。今までは、人間と魔族が戦争を行っていたから、効率的に相手を殺すことが出来る武器が必要だった。でも、誰かさんが戦争を終わらせちまったからな。これからは、わざわざ相手を殺す必要はねえんじゃねぇか……って思いながら打った結果、こんな、なまくらが出来ちまったのさ。」


 ジンロク爺さんが私の方に手を出す。私は刀を鞘に収めて、柄が相手の方へと向くよう、くるりと回し、ジンロク爺さんに渡した。


「鉄(クロガネ)は重い刀だ。触れるもの全てを切り刻む。それが持ち主を護ることに繋がると信じて打った刀だからな。それに比べてコイツは軽い。相手を殺せない刀だ。その分、持ち主の腕と心が試される。お前さんが感じた通り、この刀は持ち主を護るというよりも、持ち主と共に戦う刀だ。本当にコイツを腰に携えて王国でやっていくのかい?」


「今日、この刀を手にして、これ以上の刀は無いと感じました。もしこの刀を譲って頂けるのであれば、王国でもどこでも、コイツが折れるまで刀を振るい続けてみようと思います。」


「そうかい。」


 ジンロク爺さんは鞘から刀を抜き刀身を確認すると、再び鞘に戻して私に渡した。


「この刀の名は不斬蒼鉄(フギリソウテツ)だ。コイツを腰に、どこまでやれるのか試してみな。」


「でも、お金が……。」


「今日は金貨3枚置いていきな。50回の分割払いにしといてやるよ。その代わり、侍の国に返ってくる度に、ここに顔を出して使い心地を報告しろ。」


「50回も侍の国に戻ってくるかどうか……。」


「変なとこ真面目だなお前は――良いんだよ、俺が良いって言うんだから。だから、まあ、持っていけ。」


「ありがとうございます。」


 私とリンは頭を下げ、ジンロク爺さんに金貨3枚を渡した。ジンロク爺さんはリンの刀の刀身も確認した後、ムスッとした表情で


「全く、お前らに付き合ったせいで今日は仕事が全然進まなかったぜ。もう遅いんだから、とっとと帰れ!」


と言って、鍛冶場の奥へと入っていった。ただ、ムスッっとした表情の割に、彼の声色は嬉しそうな感じがした。


◆◆◆◆


 家に戻り、私とリンは父さんに報告を行った――父の注文通りの刀に相違無いこと。そして、ディアの怪我と、ジンノとのこと。


 父は「うむ。」と頷くと、ディアの元へと歩き包帯の上から腕を確認した後に、薬を渡し頭を下げた。


「よもや、セツナとリンがついていながら客人であるクラウディアさんに怪我を負わせてしまうとは……。これは、タツミヤ家のお抱え医師から貰った刀傷に効く薬です。包帯を変える際に使って下さい。」


 そして、座っている私の前に立つと、


「ジンノの娘の動きを察知して、お前がしっかりと止めんか馬鹿者が。」


と話し、げんこつを食らった。まあ、本気で怒っているというよりも、ディアに向けて”これで勘弁してやって下さい。”の意味に近いのだろう。


 その後、みんなで夕食を囲んだ。今日の夕食はミリアが母から教わり作ったとのことだが、母の味と寸分変わらない味がする。母はミリアの料理の腕を評価したらしく「本当にミリアさん、凄く料理が上手なの。流石メイドさんね。」と褒めちぎっていた。

 

 夕食後に銭湯に行きリンの部屋へと戻った。リンも風呂に入った直後で、火照るような表情を浮かべながら、布団の上に座っていた。私が明かりを消そうとすると「このまま、少しだけお話しない。」と声を掛けられた。

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