第62話:重い刀、軽い刀3

◇◇◇◇


「公儀介錯人として、そしてジンノ家の男として、最も重要な仕事はなんだと思う?」


「さあ? 罪人の首を綺麗に刎ねることじゃない?」


 介錯人は極刑となった人物の首を刎ねる仕事だ。


 人間の身体は思いの外硬く、腕の悪い人物が介錯を行うと首の途中で刃が止まり、罪人は死に切ることが出来ずのたうち回ることになるのだ。


 たとえ罪人といえど、尊厳を持ったまま逝かせてやることが彼の仕事で間違いは無いはずだ。


「その通り――しかし、先祖代々、公儀介錯人として続く家を護り、未来永劫この仕事を続けるためには、私の跡継ぎを創る必要がある。それが最大の仕事だ。次代の介錯人の腕が悪ければ、そいつが担当した事件の被害者にも加害者にも迷惑をかけることになるからな。」


 そう話すと彼はツバキを見た。ツバキはうつむいたままだ。


「我が家には息子がいた。ツバキよりも5歳年下だった。ツバキによく懐いていて、ツバキも弟のことを大切にしていた。息子が生まれた時は、私も妻も大いに喜んだよ。長い間子宝に恵まれず、そんな中に出来た初の男子だったからな。しかし、彼は生まれながら肺を患っていた。そのため、厳しい修練を積むことは出来なかった。彼は、本当に血を吐くような修練を積んだ。しかし、それでも彼の剣は思うほど上達しなかった。息子の10歳の誕生日に、私は彼の剣腕を図るための立合い稽古を行った。その結果、このままでは息子がジンノ家の恥になると確信し、真剣を手に取った。」


 長男に、家督とともに職も継がせることが侍の国では一般的だ。しかし、長男にその職の才能がないため、亡き者にする……。”そういう”話は耳でしたことがある――。だが、納得は出来ないし胸糞悪い。


 ツバキは相変わらず、うつむいたまま肩を震わせている。

 

「息子を斬ることにツバキは猛反発した。彼をかばうように抱きしめ『あと、1年待って下さい。必ず私が、1年で立派な剣士に変えて見せます。』と何度も訴えた。しかし、そんなこと、出来ないことぐらい彼女も分かっていたはずだ。私は何度もツバキを息子から引き剥がした。しかし、何度引き剥がしても私の邪魔をするため、折檻として、熱した油でツバキの背を焼いた。のたうち回るツバキの前で、私は息子の首を刎ねた。」


 ツバキが顔を上げて話す。目には今にも零れ落ちそうなほどの涙を浮かべながら――。


「私だって分かっていた――彼に剣の才能が無いことくらい。でも、それだけで殺されるなんて理不尽すぎるから……だから彼を逃がそうとした。でも、私に力がなかったから……だから、彼は斬られた。ジンノ家の長男であれば介錯人を継がなければならないこと――それ以外の道は無いことだって分かっている。でも……今でも、斬られる瞬間の弟の顔が私の脳裏に焼き付いているの。諦めたような、悲しいような……そんな表情……。その時、私は背中を焼かれた痛みで転げ回ることしか出来なかった。」


 ツバキは小袖で顔を拭い、唇を噛み締めながら男のことを睨みつける。


「全部……全部許せなかった。弟を殺した父のことも、弟を護ることが出来なかった私自身のことも……。だから、全部壊してやる。だから、私は父のことを斬り殺す。絶対に……。」


 私は、今にも刀を抜いて男に飛びかかりそうなツバキの前に立ち、ジンロク爺さんに新しく貰った刀を抜く。心地よい風切り音と共に、男の首筋に刃の無い刀が当たり、男は力なくドサリと倒れた。


「この男を気絶させたわ。今ならコイツにとどめを刺すことが出来る。今までの話を聞いて、ツバキちゃんがこの男を殺そうとする気持ちは良くわかる。だから私は止めないけれど、人殺しは重罪になるわ。貴方のお父様と息子であれば『家名を護るため、合意の上での斬首』で通ったんだと思うけど、今回、それは通らない。『双方合意の上の決闘』でも無い。だから、貴方のお母様は一人ぼっちになってしまうと思う。この人だけでなく、この人に関わる人の全ての人の人生を背負うつもりで斬りなさい。」


「お母さんは……私のことも、弟のことも、……もちろん父のことも愛している人です。今、父との新たな子を妊娠中なのですが、弟が父に斬られ気を病んでしまっています……。」


「たぶん、貴女のお父様は分かっていたんだと思うわ。息子を斬れば、貴女のお母様が気を病み、貴女に恨まれ、ジンノ家と親しい人達に白い目で見られることを知りながらも、家を護るために貴女の弟のことを斬ったんだと思う。私はそれを擁護するつもりは無いし、納得も出来ない。ただ、相当な覚悟と決意が必要だったとは思う。もし、この人が生きていても許せるのであれば、貴女はお母様の下に戻った方が良いと思うけど、どうかしら。」


 ツバキの目の端から涙がこぼれ落ちる。


「私は、お父さんのことが今でも許せません。でも、身重のお母さんのことを1人にする分けには行きません。何が正しのか分からないけれど……でも、お母さんの下に、一旦、帰ろうと思います。」

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